パンドラの箱

 私はパンドラ、25歳。

 一年中美味しい作物の実る霊山の白い一軒家で、神様の侍女をやっている。

 神様は人間でいうとまだ15歳くらい。

 かなりの美少年だ。

 こんなに幼いと侍女もなんだか乳母みたいな役なんだよ。



 白い家の周辺は優しい気候が保証されている。

 ある晴れた日の朝、神様が言った。

 「ねえパンドラ、おつかい頼まれてー」

 「はーい、神様、どんなおつかいでしょう」

 私は軽い足取りで神様のそばに行った。すると神様が白い箱を私の前に掲げた。

 「この箱をヘラクレスのとこに持ってって欲しいんだ」



 私はほほえましく思って笑いながら箱を受け取った。

 「またヘラクレスですか。お仲がとてもよろしいですね」

 神様ははりきって説明した。

 「うん。彼ってすごくいい奴なんだ。強くて明るくて、時々ユカイだよ」

 「良かったですね。ご用事承ります。一体何が入っているんですか」

 「それは絶対秘密なんだ。決して開けてはいけないよ」

 「わかりました。任せて下さい、神様」



 私は神様からあずかった箱を持っておつかいに出た。

 精霊たちが躍っている歓喜の泉の前を通り過ぎ、通りかかった旅人は必ず飛び降りたくなる、絶望と後悔の谷にかかる孤独の橋を渡った。



 天候は白い家から離れると約束されたものではなくなるけれど、派手に崩れたりはしなかった。

 悲劇の丘を下った後、魍魎の跋扈する誘惑の山に登った。

 道のりは普通の人間だと大変だけど、私は神様の加護があるから何でもない。



 神様の持ってる収納用品は、必ず中が四次元なの。

 どんなに大量に詰め込んでも女の私には重くない。

 神様はヘラクレスに何を渡すのだろう。



 今ちょうどハマってる映画の『ジョーカー』かな。

 それともこの間、最終回で泣いちゃった激情戦隊のDVD? 

 それともアニメ戦士のガレージキット? 



 気になる。

 ヘラクレスも神様と同い年だし、15歳の男の子って何考えてんの。

 気になる。

 やっぱ保護者として確認しておかないとダメだよね。





 私は誘惑の山頂につくと両膝をついて秘密の箱を置いた。

 神様の言いつけを破って開けてしまった。

 四次元空間に腕を突っ込む。



 おお、これはっ、ギャルゲーの元祖と言われる『見つめてドッキン☆二人の秘密』。

 このシリーズ、8までで出るのに、あえて無印を買うとは、なかなかの猛者とみた。



 これはますますほっとけないな。

 ほかに何が入っているの。

 ちょっとお姉ちゃんに見せなさい。



 おお、出てきた。

 これはボランチ出版のハードエロ小説。

 挿絵すごいぞ。

 生物学的におっぱいのおかしい女の子が変な格好で縛られてる。

 なるほど、これが男のツボ!



 大人としてこんなのほっといたらいけないよね。

 他に何があるの。

 うわ、えっちなフィギュア出てきた。

 ここまで刻銘に作られているとは。

 15歳もなかなかやるなっ。



 ますますほっとけない。次は何だ。

 うわ、明日の作品が! 

 スイッチ入れてみよう。

 グイングインしてる。

 神様……まだパートナーもいないのに、面白くて買っちゃったのかー……なんかわかる。

 でもそれをヘラクレスに渡して一体何をわかって欲しいのか、お姉ちゃんにはもうわからないよ。



 おおーっ、エログラビア出てきた。

 これは興味深い。是非全ページ読ませてもらう。

 んっ、何かくっついてて開けないページがあるぞ。

 仕方ないな。何もツッコまないでおいてあげよう。



 これは何。

 あーっ、封筒だ。



 ――ヘラクレスへ、神様よりーー



 お手紙だーっ、これを待っていたの! 

 どれどれ、男の子同士って何書いてんの。

 封はのり付けしてあるけれど、こんなの神様から借りた魔法でチョチョイのチョイだぞ。



 ――今日はエミリーがうつむいてお菓子食べてた。何やっても気になる。僕どうしたらいいかなーー



 そうかーっ、エミリーが気になってるのか! 

 それならそうと言ってくれればいいものを! 

 それじゃ私が二人の接着剤になってあげるからね!



 その時はエミリーにばれないようにエログッズ全部隠しといてあげる! 

 付き合い始めたあかつきには、成田離婚になる前に私が明日の作品、責任を持って処分しておいてあげるからっ。

 任せて神様!





 私は、はっと気がついた。
 よく考えたら魍魎の跋扈する山だ。
 襲われないようにもーちょっと警戒しておくべきだった。


 私はあたりを見回した。
 やっぱり人間の私がいると魑魅魍魎が集まってくるようだ。
 でも半径3メートルより近づいてくる魍魎はいなかった。
 私には神様の加護があるから当然だろう。


 どいつも私を見ているようだけど、何故か揃って辟易とした顔をしてる。
 溜息をついてぐったり座り込んでる奴ばかり。
 頭を寄せ合って耳打ちし合って。
 オスもいっぱいいるようだけど、どうしてみんなで女子力発揮してるんだろう。


 神様の加護はわかるけど、何でそんなに脱力してんの。
 今日は誘惑の山のパワーが落ちる新月の日だったっけ。
 

 私が彼らの奇妙な様子を見回していると、半径3メートルを犯して、一人の淫魔が歩み寄ってきた。
 半人半獣、腰から下は四足動物の後足で、黒光りする毛でおおわれている。
 でも淫魔だけあっていい男。
 なるほど、神様の加護も効かない強力な奴ね。
 受けて立とうじゃないの。


 私は気丈に立ち上がった。
 「私は神様のつかいだよ。手、出したくたって出せないからね」
 彼は何故だかげんなりしていた。
 「言っとくけど、お前、お母さんだったら絶対失格なんだからな……」
 彼はそれだけ言うと、肩を落として仲間の元に戻って行った。
 神様の力の前に退散したようだ。


 私は誘惑の山頂でとっ散らかした神様の秘密を全て集めることにする。
 開封してしまったヘラクレスへの手紙も、きちんと封を閉じて証拠隠滅した。
 それらを四次元の箱の中にぐちゃぐちゃに押し込め直した。
 そして箱を抱え直して山を降りる。
 ヘラクレスの所に会いに行った。


 青空の広がる昼下がり、緑の屋根の彼の家についた。
 インターホンを押す。
 ちょうどよく本人が出てきた。
 「パンドラお姉ちゃん」
 「元気してる? ヘラクレス」
 「うん。とっても」
 彼はニコニコして答えた。


 文系の神様と違ってスポーツ少年だけど、若い子ってどの子もキュートだね。
 私は彼に箱を渡した。 
 「はいこれ、神様から。これからもずっと仲良くしてあげてね」
 「もちろんだよ」
 「じゃあね。ヘラクレス」
 「またね。おねーちゃん」
 

 私は笑顔で彼に手を振ると、もと来た道を帰って行った。
 「戻りましたーっ。神様」
 「ご苦労様、パンドラ。箱は開けなかった?」
 「もちろんですよ。あなたの秘密は私が堅く守ります!」
 ――そして世界の平和は完璧に保たれた。

(終わり)