トイレ掃除のルカ

僕はルカ。トイレ掃除のおにーさんだ。実は青年王カイルの乳兄弟なんだけど、母さんが前王の前で失態をやらかしてお手打ちになってから、僕の身分はがくんと下がった。それで宮廷トイレ掃除夫をしてる。



前王は怖かったけど、カイルは嫌いじゃない。時々僕に愚痴を言いに来たりするけど、僕は嫌じゃない。国王って大変なのさ。今でもカイルを弟のように思ってる。



僕とカイルは二十代の結婚適齢期。僕らは二人とも母さんが美女だったから、見た目がまともだ。でもトイレ掃除夫に彼女は出来ないねえ。



カイルは小さい時から大臣の娘、アイラにひかれていた。彼女、笑わないんだ。カイルは9歳の時、ジャグリングの練習をして、彼女の前で披露した。でも彼女は笑わなかった。僕はトイレを磨いていた。



カイルは11歳の時に彼女の前でピエロのやる玉乗りをした。彼女は笑わなかった。僕はトイレを磨いていた。



カイルは話術を磨き、13歳の時にはすでにコメディアンだった。彼女の前で笑っておどけた。でも彼女は笑わなかった。僕はトイレを磨いていた。



カイルは彼女のために、17歳の時、一流のサーカスをまるごと買い、そこのスター術師になった。彼女はイベントに呼ばれたけど、笑わなかった。僕はトイレを磨いていた。



カイルは彼女のために必死に勉強した。20 歳の時は、彼女が両親にいじめられてると、角を立てずにちゃんと守った。雨の日も風の日も彼女を守った。それでも彼女は笑わなかった。僕はトイレを磨いていた。




彼女はカイルが22歳の頃から、図書室の司書の青年のそばにいることが多くなった。そして、彼と恋に落ちて初めて笑った。その瞬間、カイルはサーベルで彼女の首をふっ飛ばしていた。



カイルは何日も泣いた。その後は形だけ結婚したけど、その日のうちに妻を殺してしまった。翌日の妻も、翌日の妻も殺し、いつしか、「恐怖の帝王」と呼ばれるようになった。

 


しかし、それもつかの間、カイルは病の床についた。恐れられてカイルのもとに誰も寄り付かない。僕だけがカイル専用のトイレをせっせと磨いていた。



ある時カイルは寝巻で起きてきて、僕にたずねた。

「ルカ、僕が恐くないの?」

僕は彼を振り返った。

「全然?」

「ええ……?」

カイルは理解に苦しむと言うように首をかしげ、ベッドに戻って行った。




翌日、カイルはまたやって来た。僕に向かってポツンと言った。

「アイラは、どうして僕に笑わなかったんだろう」

「どうして笑わせたかったの?」

僕は聞いた。

「彼女が笑ったら、素敵だと思ったから」

「それは相手がいて成立する幸せ。君はどうなりたいの」

「幸せになりたい」

「なればいいよ」

「僕一人では幸せになれないんだ」

「それじゃ愛されないよ」

「そうか」

カイルは寝所に戻った。しばらく出てこなかった。僕はカイルのトイレをせっせと磨いた。



カイルは数日後、具合が悪くなり、命も危ういと言われるようになった。僕は許されていなかったけど、心配でベッドまで見に行った。カイルは待ってたように言った。



「愛が欲しい。どうしたらいいんだ」

「ぼく、兄弟としてカイルを愛してるよ。僕が味方じゃ、駄目かい?」

「味方、ミカタか。ミカタ、いいな……」

カイルは病床でうっすら笑った。僕も笑った。



その後医師も驚いたが、カイルは回復した。政治に熱を入れるようなり、色々勉強しているようだ。でも結婚はもうしなかった。養子を取って乳母に育てさせはじめた。



何年もたった。僕は相変わらずトイレを磨いている。そして、いつもカイルの愚痴を聞いている。僕は彼のミカタなんだ。


(終わり)