第一章・東芹が谷

 10月初旬、双葉は冷蔵庫のブドウを腐らせた。

 兄、博隆の電話、メールストーキングでボロボロになり、甘味を楽しんでる暇がなかったのだ。




 晴れた日の土曜15時、電話口で彼は言った。

 「家に行くから」

 「来ないで」

 「どうして」

 「来てほしくないから」

 「それじゃ説明になってないよ。おれを納得させる理由がないなら、お前は俺の一家の訪問を断ることはできないんだ」




 双葉の兄、博隆は既婚者。

 双葉は大学卒業から間もなくして、彼とおじの一馬に脅されて、相南区のマンションを買わなければならなかった。

 支払いは一馬がやっている。

 双葉は博隆と一馬に支配された。




 博隆は心配と言って、一人暮らしの双葉に家族ぐるみの付き合いを要求した。

 そして双葉が彼や兄嫁に生意気な口をきくと、必ず制裁する。




 双葉のスマホには博隆の“心配”メールが狂ったように届いた。

 博隆は双葉がメールを送り返すと、『こんな説明では状況がわからない、プライバシーを書け』と要求し、メールしなければ叱りつけるか、『心配だ。挨拶さえくれたら何もいらないのに』と周囲に吹聴し、双葉の味方を奪う。




 このまま博隆に付き合ったら彼の子供の世代にまで服従しないといけない。

 双葉はスマホに着信があるだけでおびえるようになり、未婚で20代なのに髪の毛が抜け出して止まらなくなった。





 双葉のマンション敷地内はちょうど淡い紫の花が満開。

 高台のマンション立地条件は宅配業者がそろって羨ましがるものだった。

 ただし車を持っていればの話だ。




 周辺道路は全て険しい坂で、近くにスーパー、コンビニがない。

 バス停も遠い。

 この土地では車か宅配便がライフラインになる。

 車のない双葉には地獄のようだった。

 彼女はここで集団ストーカーに遭って苦しんでいた。




 彼女はいつものようにコメゾンで買い物をして、後日宅配便を受け取った。

 段ボールを開けるとクッション素材はゼロで、開封済みの商品が裸でゴロゴロ転がっていた。

 紫の単三電池はバラバラ。

 商品と一緒に包装ビニールがゴミのように突っ込まれていた。

 双葉はスマホで写真を撮ったが、商品を攻撃されてないのに、彼女が開封したのではないと一体誰が信じるだろう。




 双葉は普段ネットスーパー、盟友や大家堂を利用している。

 珍しく夏日の第二土曜日は大家堂を選択し、宅配便、桜アニマルを待った。

 配達の予約時間になる。

 いくら待っても来ない。

 注文時間いっぱい、待たせる工作だ。




 どの宅配便を利用しても、双葉が席について食事を口に入れた、あるいはトイレで用を足し始めた三秒後のタイミングで必ずインターホンが鳴る。

 加害者は双葉が食事やトイレを我慢すると、時間いっぱいまで待たせる。

 彼女は毎回苦しんで配達員を迎え、待ち時間中の食事やトイレを恐れるようになった。




 翌日の日曜日、大手ネット通販コメゾンのゆるメールが届く予定だった。

しかし午前便の配達が来ない。

 月曜日、藤井色のポストに不在表。

 双葉が待っていた時刻が記録されている。

 インターホンに異常なし。

 双葉は通便局に電話した




 「不在表が入っていたのですか、私はその時間帯、自宅にいました」

 「はい、再配達ですね」

 「どういうことか説明してください」 

 「再配達の時間をおっしゃってください」

 「責任者を出してください」

 「ちゃんとうかがった記録があります」




 通便局にクレーム処理担当はいないのかもしれない。

 被害を話せば神経質な人と思われるわけだ。

 通便局が一般人に危害を加えるなんてありえない。

 集団ストーカーはそこを突いてくる。

 双葉はブログで被害告発記事を書き始めた。




 翌年、年始職場はばたばたしていた。

 双葉は相変わらず工作員のいじめを受けている。




 仕事から帰ったあと、自宅のインターホンが鳴った。

 時間は17時。

 夏と違ってもう日は暮れている。

 彼女はインターホンについている通話システムで訪問客と話した。




 「どちら様ですか」

 「浜風運輸です」

 「何か注文したっけ……」




 双葉は玄関に出た。

 細身長身、20代くらいの男性が純白のネックウォーマーとスニーカー、パステルライムグリーンの制服姿で立っていた。

 大きな荷物を抱えている。

 名札には御門凪と書いてある。

 面立ちは小悪魔のように魅惑的で力仕事をさせるにはもったいないくらいだった。

 彼は言った。




 「荷物のお名前を確認してください」

 「確かに、私あてです」

 「玄関の中いいですか? 重たいので置かせていただきたく」

 「はい、どうぞ」




 御門が玄関に荷物を置いた直後、突然照明が落ちた。双葉は慌てる。

 「停電! どうしよう」

 「大丈夫、僕、懐中電灯持ってます」




 御門は自分の持ち物を探ったらしい。

 すぐ明かりがつく。

 双葉は胸をなでおろした。

 「良かった」

 「あのー、僕、電力会社に勤めていたことがありますしーー、ブレーカー拝見しましょうか? もしかしたら停電じゃなくてご自宅だけの問題かもしれませんよ」

 「そうですか? じゃあーー」




 御門の申し出はありがたかった。

 彼女は彼と一緒に懐中電灯を頼りにブレーカーの場所まで歩いた。

 彼が蓋を開ける。

 しばらく作業。




 「パップル線の調子が悪そうですね」

 「治りますか」

 「東芹が谷さん、うちの会社の無線、電話代わりになりますから渡します。もしよければあなたのスマホの電源を切っていただけないでしょうか」

 「え?」

 「パップル線は近くでスマホのような電子機器が作動してると結合しにくいんです」




 双葉は、スマホの入っている自分のポケットを片手で押さえ、一瞬考えた。

 暗闇で見知らぬ男性と二人きりでスマホの電源を切るか。

 彼女は尋ねた。

 「失礼して天気予報聞いてもいいですか」

 「はい」




 双葉は無線の番号を押して電話天気予報を確認した。

 無線を切る。

 御門は優しそうだ。

 工作員も優しい演技をする。

 でも疑うのに、もう疲れたーー。




 「わかりました。スマホの電源を切ります」

 双葉がスマホのスイッチを押す。

 一瞬バイブが作動して、後は沈黙した。




 御門は懐中電灯を双葉に頼み、さらにペンライトを咥えて、しばらくパップル線とか言うものを動かしていた。

 その後手を止め、彼女を見た。

 落ち着いた声。

 「東芹が谷さん、信じてくれてありがとう。僕、ブルーフェニックス隊員です」

 「えっ」

 「アポなしで来てしまって申し訳ありません。我々は集団ストーカーと戦っています。友の会が盗聴してる可能性があるので、家とスマホの電源を落とすしかなかったのです。お話、伺わせていただけますか?」




 暖房が切れて一定時間たつ。

 空気は凍り始めた。

 しかし、双葉の脳裏には音を立てて未来が開け始めた。




 彼女は御門に訊ねた。

 「じゃあ、やっぱり、スマホに細工されてるんですか?」

 「いいえ。調べないと断言できませんが、多くはオッケージャッカル機能で音声を拾われています。ジャッカル社のブラックリストに載ってるなんて誰も想像できないから、被害者は、みんな必死になって盗聴の証拠を取ろうとするんです」




 御門は持ってきた段ボールを開封した。

 加熱済みの電子レンジ湯たんぽ、カイロ、防寒具がどっさり入っていた。




第二章・反撃

 双葉のスマホは御門の置いて行ってくれた特殊ケースの中に収められた。

 彼に会った週の土曜日、彼女はネットスーパー盟友を利用する。

 この日は雪で配達便そのものが少なく、遅れる可能性があった。

 しかし、午前便は正午ギリギリで届いた。




 配達員が去って双葉は玄関で雪化粧した町の風景と、自分の息が白いのを楽しんだ。

 御門は年始のサンタだ。

 彼がやってきたら双葉の世界は変わった。




 彼女は屋内に引っ込み、商品を運んでひとつづつテーブルに並べた。

 総菜のパッケージは案の定、引きむしった後、再び糊付けした形跡があった。

 盟友の専用テープでない、紫の一般カラーテープで固定されている。

 専用テープは在庫がなかったと言えば、盟友は言い逃れができる。




 攻撃に気づかせる工作だ。

 だがおそらく商品に害はない。

 統合失調工作だからである。

 集団ストーカーの目的は被害者に騒がせること。




 双葉は御門から渡された紙ナプキンをテーブルに敷き、攻撃された総菜を再度開封して中身の一滴をそこに落とした。

 何も起こらない。

 


 

 ――購入した食品を食べると眠くなるのは、異物混入の可能性もありますが、電磁波で血圧を下げられている時もあります。

 御門は双葉にそう説明していた。

 ――この紙ナプキンは食物から異物を発見すると、表面にハートのクイーンの模様が浮き上がります。電磁波はブルーフェニックスでジャミングしますから、あなたはとにかく食べて下さい。




 御門は双葉の痩せ方を心配してくれた。

 彼女は食事をとり始めたが、睡魔には襲われなかった。

 とにかく食べる。

 何年ぶりかで食物の味がわかった。




 翌週土曜日、ネットスーパー大家堂を利用する。

 空は快晴で雲一つなく、放射冷却で芯まで冷える日だった。




 でも双葉は怖くない。

 寒さはドラマの小道具のよう。

 彼女はジンジャーティで温まりながら、大家堂の宅配便、桜アニマルを待った。




 双葉は御門の指導で待ち時間中、水は飲んだが、物を食べなかった。

 トイレは自宅にセットしたカメラをONにして入る。

 トイレに入ったタイミングで攻撃があるなら、記録を取れるからだ。




 桜アニマルは、ものを食べようとしない彼女を時間いっぱい待たせた。

 午前便が12時を過ぎる。

 インターホンが鳴る。

 彼女は居留守を使った。




 工作員が動揺してドアをどんどん叩く。

 彼女は無視した。

 5分、粘ってドアをたたく音があったが、最後に電子音がして、ドアの投函口に桜色の不在表が入れられた。

 記録は12時10分。




 ―――その時になったら、玄関を開けないで。

 双葉は御門のアドバイスを思い出していた。

 ―――どうしてですか。




 御門は答えた。

 ―――必ず12時過ぎを狙ってくる。不在表を入れさせたら双葉さんの勝ちだ。桜アニマルは不在表を電子機器で出すから、訪問時間のごまかしはできない。大家堂はあなたに追加配達料を請求できないどころか、もしかしたら無料で商品をくれるかもしれないよ。





 その後、平日16時仕事帰り。

 空は何か考え込むような曇天。

 双葉は迷宮線夢丘駅の踏切でめまいを覚えた。

 いつもの睡魔だ。

 血圧を下げられている。




 足が言うことを聞かない。

 双葉は何とか踏切を渡り切ると、同時に遮断機が閉まり、彼女の背後で赤い車両が暴力的速度で通過していった。




 「御門さんーー」

 双葉は倒れこむ。

 意識はあったが身体が動かない。

 救急車が近くに停車し、救急隊が無言で彼女を運びこんで発車した。




 双葉は白いベッドで目を覚ました。

 全身をがちがちに拘束されて動けない。

 近くに博隆が座っていた。




 彼は身長が小さい。

 双葉も子供の頃栄養失調で何回も入院したが幸い身長だけは伸びた。

 彼は都合の悪いことは忘れてしまい、一人だけ栄養に恵まれて、ただでポーンと家を手に入れた、どこにもいない妹に制裁することで精神のバランスを保っていた。




 彼は双葉と目が合うと、彼女の全身をなめるように見て、大げさにため息をついた。

 双葉は言った。

 「拘束を解いて」

 博隆は尋ねた。

 「自分の事どのくらいわかってる?」

 「私は統合失調じゃない。攻撃を受けてるの」

 「じゃあ、まだまだだな」




 窓のない病棟で、双葉は今が何日の何時なのかもわからなかった。

 博隆がいるところを見ると、平日の深夜か、土日の昼だ。





 途端に博隆の背後で壁が粉砕し、粉塵の中から足が飛んで来て博隆を吹っ飛ばした。

 博隆はうつぶせに倒れたまま動かなくなる。

 彼を踏んずけて誰かが立っていた。

 双葉は息をのむ。

 「御門さん」

 「こんにちは!」




 御門は青い制服、冬装備姿で、薔薇の花のように笑った。

 破壊された壁の後から、御門と同じ制服の集団が続々と突入してくる。

 



 数名が双葉のベッドに駆け寄り、たちまち彼女の拘束を解いた。

 更にその中の女性に助けられて、双葉はベッドから降りて立ち上がる。




 同時に医療関係者が現場に駆け付けた。

 「何者だ」

 御門が答える。

 「我々はブルーフェニックス隊員。双葉さんをもらい受けに来た」

 「彼女は治療中だ」




 御門は院長らしい人物に手を差し出した。

 「カルテを出せ。こちらで調べる」

 「断る。患者のプライバシーだ。帰ってもらおうか」

 「わかった」




 御門は懐から銃を出した。瞬間、院長が蛍光水色になる。

 「何だこれは」

 「インク弾だよ」

 御門が答える。




 双葉の肩に女性隊員がコートをかけた。

 彼女は言った。

 「双葉さん、行こう」

 ブルーフェニックスが撤収しようとすると、院長が叫ぶ。

 「取り押さえろ」





 双葉に組みつこうとした医療関係者を御門が投げ技で吹っ飛ばす。

 時代劇のような殺陣にはならない。

 ブルーフェニックス隊員は、かかってくる非戦闘員を穏便に取り押さえながら、人間や建物にインク弾を乱射し始めた。




 院長がキレる。

 「クリーニング代出せ!!」

 壮年で大柄な隊員が答えた。

 「いいや、決して落ちないよ」




 御門と同世代の隊員で、若い聖母か聖職者のような目をした男性が続く。

 「ブルーフェニックスに情報提供するなら落とそう。しないなら罪には問われないけど一生そのまま、我々のサービスを受けられなくなる」




 司令塔らしい壮年隊員は結んだ。

 「友の会員の美女と結婚して、友の会員で家庭を作って、友の会員の弁護士に守ってもらって、永久にブルーフェニックスに協力できない事情のある人間として生きるがいいよ」




 閉鎖病棟は結局、建物ごと蛍光水色に染め上げられてしまった。

 双葉は救世主たちに防寒具を支給され、彼らと現場を撤収した。

 ブルーフェニックスの青いトラックの荷台で、隊員に護衛されて自宅まで運ばれる。




 拘束されていた場所は成浜市大閉鎖病棟と聞いた。

 トラックの中で日にちと時間を尋ねると、一月第五週、日曜日15時だった。




 現地到着。

 御門たちは一階の入り口付近でトラックを止めた。

 双葉の部屋は五階だが、彼女と一緒にトラックから降りた御門は、上にあがろうとしなかった。

 彼は彼女の肩に両手を置いた。




 「じゃあ、双葉さん、僕ら帰るから」

 「助けてくれないの?」

 「うん割と」

 凪はご機嫌で笑っている。




 「どうして」

 「かわいいから」

 「ええ?」




 御門達は再度トラックに乗り込む。

 トラック発車。

 御門は荷台のドアを開けたまま、慌てる双葉にハンカチを振って、元気いっぱい遠ざかった。

 「じゃあ頑張ってね。双葉さぁぁぁぁぁん!!」

 「ちょっとぉぉぉぉぉぉ?!」






第三章・配達員の犯行

 港南敏郎はデラックス運送の40代古株、そして友の会員の顔を持っている。

 最近、会に入信した二十代新人、上大岡仁が同じ仕事の後輩に入ったので、かわいがっている。

 絵画の中の若い聖職者のように透き通った肌の持ち主で、育ちのいい坊ちゃんとかそういうのだ。

 何でも『はい、はい』聞いてくれるので敏郎はここのところ上機嫌になっていた。




 敏郎は二月の第二土曜日、仕事の出発前にコメゾン配達物の中に“受取人、東芹が谷双葉”の名前を確認した。

 その後、トイレに入る。

 鏡の前で、顔面に白くなるタイプの化粧下地を塗り、死人のような色に仕上げる。

 コスメアイテムを出して、目の下にクマを描く。

 



 彼は身長が異常に高い。

 そしてもともと体形は崩れているが、もっと醜くなるように服の下に崩れた形の肉襦袢を着た。

 地獄の太った餓鬼のような姿になる。

 普段から猫背だし、目と歯をむいてちょっとにやつけば怖さ倍増。




 現場に戻ると仁が驚いたようだ。

 「港南先輩、何ですか、その恰好」

 敏郎は笑った。

 「演出だよ。気持ち悪いだろ?」




 他の作業員は敏郎が変貌しても黙々と仕事を続ける。

 業界内で友の会の存在は常識だ。

 しかし語った人間は制裁を受ける。




 敏郎は手伝いに仁を呼んだ。

 「出発前に準備がある。手伝ってくれ」

 「はい先輩」

 「こっちの商品の梱包を開けて」

 「怒られますよ」




 仁は驚いた様子。

 場数を踏んでいない。

 敏郎は説明した。

 「何もしないんだ。開封した形跡だけ残すんだよ」

 「何故ですか」

 「ターゲットが周囲に相談したら統合失調の一丁上がりだ。何も被害がないんだからね」

 「なるほど」





 敏郎は仁に、商品のベランダ竿の梱包を開け、段ボールを再利用するよう指導した。

 段ボール表面は商品名と写真、注意書きのプリントでコーティングされている。

 それを裏返し、何も印刷されていない方が表になるように、再度、物干しざおを素人梱包させる。

 



 商品をぐるっと巻いてガムテープで止めただけ。

 竿の上下はむき出しの状態になる。

 「よし、それでいいだろう。今度はそっちの商品を開けて」

 「わかりました」




 仁は敏郎の言う通りにしてくれた。

 敏郎は中身を見て笑う。

 「なるほど、リビングクッションか。包装とカバーを外してくれ」

 「どうするんですか」

 「見てればわかる」




 敏郎は仁にクッションを解体させておいて、自分は腰のベルトを解いてズボンを下ろした。

 「ちょっと! 先輩! 仕事中に何やってんですか」




 案の定、不慣れな仁が騒いでいる。

 敏郎は口をとがらせて説明した。

 「仕事だよ。すぐ終わるから外したカバーをよこせ」

 「全く、何なんですか」




 敏郎は新品オレンジ色のカバーを受け取ると、それを裏返す。

 次に自分の下着をおろして、カバーで〇部をゴシゴシ拭いた。

 終わると服装を戻す。

 〇毛だらけになったカバーを表面に戻して、その中に元通りクッションを収め、さらに元通り梱包した。

 「これで届ける」




 仁は心配そうだ。

 「怒られるじゃないですか」

 「コメゾンがこんなひどいことするわけないじゃないか。クレームが付いたら全部ターゲットの被害妄想だ。統合失調の一丁上がりだよ」

 「なるほど」




 敏郎は商品を双葉の部屋の玄関前まで運んだ。

 インターホンを押す。

 「コメゾンの宅配ものです」




 双葉が出てくる。

 パステルオレンジのスカートの部屋着姿。

 敏郎は双葉の意見を聞かず「入れちゃいますね!!」と笑うと、彼女を押しのけた。

 履物を脱ぐと許可なく宅内に上がり込む。




 「上がらないでください」

 「ええ? 何ですかあ?」

 敏郎はいかにも馬鹿にした言い回しで、聞こえなかったことにする。

 ターゲットが凍り付いている間に「どこに置こうかなあ!」と、千年も前から恋人だったように、部屋を物色する。




 ターゲットの下着の部屋干しや、片付いていない寝室を見つけると、彼女を振り返り「えっへっへ!」とあからさまに冷やかして笑う。




 集団ストーカーはターゲットと面と向かって、法に抵触することはしない。

 後からクレームが付いたら現場で暴言は吐いてないし、無断での上がり込みは、善意が行き過ぎましたと主張すればいい。

 ターゲットが裁判を起こしたら集団ストーカー側の勝ちだ。




 敏郎はリビングの大きなスクリーンを見つけた。

 「あれえ? 双葉さん、このスクリーン何ですかあ?」

 「スクリーン?」




 双葉が問い返す。

 敏郎は彼女を振り返って、舌舐めずりするように笑った。

 「いやだなあ、あるじゃないですか」

 その時、照明が落ちた。




 スクリーンに映像が映る。

 ――コメゾンがこんなひどいことするわけないじゃないか。クレームが付いたら全部ターゲットの被害妄想だ。統合失調の一丁上がりだよ。

 スクリーンの中で敏郎はクッションカバーで〇部を拭いていた。




 敏郎は凍り付いた。

 スクリーンの裏から青い制服姿の青年が出てくる。

 月下の小悪魔のような容貌をしていた。

 「御門さん」

 「御門?」

 双葉の物言いに敏郎が問い返すと。青年は薔薇の花のように笑った。

 「ブルーフェニックス隊員だよ」





 敏郎は自分の安全保障が一瞬にして霧散したことを知った。

 御門はスクリーンの前で言った。

 「この映像と音声ね、今しがたユーチューブ公開した。それからクッションの被害についてはブルーフェニックスでDNA鑑定する。コメゾンもあんたも、そして警察も逃げられないからね」




 敏郎はがくりと床に膝をついた。

 「敏郎さん、帰っていいよ。友の会はあんたを守り切れずに切り捨てるだろう。ブルーフェニックスはこれ以上何もしないよ」

 敏郎はふらつきながら立ち上がり、双葉のマンションを出た。




 友の会は集団ストーカーを行い、統合失調工作でターゲットの人権を奪う。

 標的の拷問データーを科学者、心理学者、医者、政府要人、変質者に売りさばいて財源にしている。

 人権のない人間の拷問データはどこの国でも必ず需要がある。




 ブルーフェニックスは友の会の天敵。

 警察を裁くことはできないが、バックに彼らを保護する人間がいるという。

 建物を破壊しようがバズーカー吹っ飛ばそうが、被害者救出と友の会壊滅のためなら罪には問われない。





 卒業シーズンの迫る二月末日日曜日は、冬将軍が有終の美を飾ろうとしていた。

 双葉のマンションを博隆が抜き打ちで訪れる。




 彼は双葉が従わないと、彼女を密室に追い込んで逆らう気が起こらなくなるくらいまですごむ、脅す、威嚇する、どっちが上かはっきりさせる。

 この日、玄関口で双葉を制圧した後、部屋に上がり込んで、部屋と冷蔵庫と妹の見た目のダメ出しを始めた。




 ――何故加害者を家に上げてしまうのか、と被害者を責める風潮があるが、加害者や傍観者は狂ったように被害者の分担を考える。

 彼らは自分たちを納得させたら引き下がってあげる、自由をあげる、許してあげる、助けてあげると発言する、ただの病人である。

 双葉は悪くない。




 博隆はリビングで言った。

 「オレ、お前の顔大っ嫌い。最低の顔してるな」

 「もう顔の事言わないで」

 「きれいだから心配して言ってるんだ。なんだそのだらしない目つき! 汚い姿勢。負け組の服と髪形」




 その時、部屋の奥から私服姿の青年がホットミルクのコップを持って現れた。

 ウエストポーチはボルドー。

 タートルネック、純白のセーターが天使か若い聖職者のよう。

 双葉はびっくりした。

 青年は言った。

 「博隆さん」




 博隆が歯をむく。

 「誰だ」

 「彼氏」

 「オレは認めないぞ」

 「嘘」

 「えっ」




 青年はミルクを一口飲むと、しれっと続けた。

 「ブルーフェニックス第三部隊隊員、若鷺仁。今の音声録音させてもらった。これ以上、双葉さんに近付くなら、音声をユーチューブ公開するよ」




 博隆はひるまなかった。

 「双葉と二人っきりで話合わせてくれ」

 「でも、彼女の顔が嫌いなんでしょう?」

 「誤解だ。そういう意味で言ったんじゃない」

 「じゃあ、どういう意味?」




 博隆は声を荒げた。

 「とにかく二人きりにさせてくれ!」

 「どうして?」




 仁がすっとぼけて切り返すと博隆は面白くなさそうだ。

 「お前じゃ話にならないんだよ!!」

 仁は双葉の方を見た。

 「双葉さん、お兄さんをご自宅に上がらせているのは、あなたの意志ですか」

 「いいえ」




 仁は博隆の行く手を阻むように、双葉の前に立った。

 「じゃあ、博隆さん、出て行ってくれないかな」

 「オレは兄貴だ」

 「上げるかどうかは、双葉さんが考える」




 奥の間から制服のブルーフェニックス隊員が複数現れ、博隆を連れてゆく。

 博隆は連行されながら叫んだ。

 「誤解だ、おれは兄貴だ! 双葉が心配でーー」





 仁は部屋から博隆が消えるのを確認した。ホットミルクを近くの棚の上に置き、ウエストポーチからホットの小豆ドリンク缶を出して双葉に渡した。




 「双葉さん、あのお兄さんね、ブルーフェニックスでどんなに牽制しても、あなたと密室で面会しに来るよ。あなたに入れ知恵する悪い虫を除去すれば、暴力をなかったことにできるの、知ってるんだ。だから、あなたはブルーフェニックスで勉強しよう。アダルトチルドレン回復カウンセリングを受けよう」




 後日、ユーチューブ騒動で糾弾されたのはコメゾンと宅配業者。

 しかしそれでは足りない。

 ブルーフェニックスは双葉の被害を徹底調査し、芸術部隊が作家、役者を使って、実話プラスアルファの作品を、小説、ドラマ、漫画、アニメでメディア展開する。




 全てノンフィクションにしないのは、エンターテイメント性があった方が求心力を発揮できるからだ。

 裁判で戦ったのでは政府に勝てない。

 メディア作品も国内放送を使うと打ち切りになるので、ユーチューブを盛大に使う。




 日本の国会はメディア操作で双葉の被害を都市伝説化して終わらせることにした。

 ブルーフェニックスは特に戦わず、政治家のゴーストのようにメディア作品を連発、放映する。

 政治家がいくら終わったことにしたくても、ブルーフェニックスは発言し続ける。

 後は読者、視聴者が老人の政治か、若者の芸術か、どちらか好きな方を選ぶだけだ。




(終わり)