マルコの冒険

1-1

[マルコの冒険1‐1]


「これ、今日の牛乳だよ」

「ありがとう。チャックおじさん」

おじさんは朝の牛乳配達屋さんだ。ぽっちゃりして愛嬌のある四十代。僕は玄関前で彼を迎えて牛乳を受け取った。





季節は春。空は抜けるように青く、町中に花が咲き乱れ、生き物達は恋に落ち、猫は合体し、サンバイザーと眼鏡とマスクとおでこの冷感シートで何者かわからなくなった美白おばさんが歩いている。僕の鼻は花粉できわきわした。





「マルコ、もう十八歳だな」

「そうだよ」

「お母さんに何か感じないか?」

僕は首を傾げた。

「何を?」

「これだよ、これ」




おじさんは自分の胸の前で、両手で何か持ち上げる仕草。満面の笑み。

「アネモネさん、すごかろ?」

その話か。僕は肩を落とした。

「迷惑なだけだよ。いちいち揺れて」

「そうか、揺れるのか! さすがアネモネさん! あの瞳! 唇! ワカメロングヘア!」

おじさんが大興奮。わかりやすいったらないんだ。




「気があるんだったら告白したら?」

「バッカ。そんなんじゃねーよ」

彼は真っ赤になって帰り支度。

「また明日届けに来るからな」

あたふた牛車に乗りこみ、次のお客さんの所へ出発していった。



僕の父さんは小さい時に逝ってしまった。母さんは怒ると恐い人だけど、笑うと可愛い。僕たち親子は仲良く暮らしていた。





ある日のことだった。二人でランチの時間に黒煙を纏ったデモンが現れた。壮年の男で、神話に出てきそうな容姿をしている。下半身は獣毛におおわれ、獣の手足を持っていた。彼は母さんを見て笑った。





「私はアレン。女、気に入ったぞ。妻になれ」

「イヤだね」

母さんは持っていた銀のトレイで彼を吹っ飛ばした。銀と言ってもステンレスだけど。




彼はダメージを受けて床に女座り。しばらく顔を押さえてメソメソ泣いていた。その後立ち上がって右腕を凪ぎ払った。

「じたばたしても連れてゆくぞ!」





途端に窓側の壁が粉砕した。外からつむじ風が押し寄せてリビングはめちゃくちゃになった。僕はキレた。

「片付けてよ!」




彼は母さんをかっさらって、翼もないのに家の外に舞い上がった。

「悔しかったらデモンの山まで来るんだな」

僕は叫んだ。

「母さーん!」

「マルコー!」




僕達親子は引き裂かれた。アレンは高らかに笑って遠ざかった。その時、僕は母さんを取り戻すと誓った。

(続く)



1−2

[マルコの冒険1‐2]


僕はアレンに壊された家を修理してから家財を売って旅に出た。デモンの山目指して来る日も来る日も歩き続けた。




「あら、ちょっとかわいい顔してるじゃない」

ある町の商店街で二十代のお姉さんに呼び止められた。黄色いレンガの商店街は客寄せと親子連れの声で活気に満ち、お姉さんの肌も一番美しい時期を迎えていた。




「あなた誰」

「私はエミリ。夜のお仕事をしているの」

言われてみると丹念に容姿を磨いているのがわかる。

「いま昼だよ」

「昼間はパン屋のアルバイト」

「すごい働き者だね」





僕が感心すると、エミリはにっこり笑いかけてきた。

「美味しいパンはいかが?」

僕はエミリの案内でパン屋に入り、商品を買ってイートインで食べた。狐色の卵パンは芳醇な香りがした。




僕の両隣にエミリと同世代の別のお姉さんが座った。この人も魅力的だったので僕は面食らった。これはサービス?

「あなたは?」

「私はソラリス。本当にかわいい子ね。私のおっぱいとパンとどっちがやーらかいか知りたい?」






エミリが割って入った。

「ソラリスったら、私のおっぱいの方がやーらかいに決まってるでしょ!」




僕は二人に挟まれて全ての目的を忘れた。

「二人とも白パンみたいだ」

「いいえ、私の方が上だもん」

「私だもん」





僕がおっぱい天国を満喫していたら、

ーーパン!

上から何かが降ってきた。僕が頭を押さえて振り向くと、正面に知ったような顔の女性が立っていた。銀のトレイを持っている。ワカメロングヘアー。






僕は思わず立ち上がった。

「母さん!」

「母さんじゃない!」

僕は彼女にたずねた。

「何してるの?」

「ちゃんと助けに来いや!」

「でも、おっぱいが大変で」

「おっぱいじゃない!」





その時、パン屋の中に黒煙とともにアレンが現れた。母さんがトレイで一撃を放つと彼はまともに食らった。しばらく女座りでメソメソ泣いて、次に立ち上がる。




「じたばたしても連れて帰るぞ!」

彼が右腕を凪ぎ払った。するとパン屋の正面玄関が吹っ飛んで直接道路が見えるようになった。何てことするんだ。





彼は飛び立ちざま、母さんをかっさらった。

「アネモネはいただいたぞ!」

「どうして逃がしちゃったんですか?!」

「はははははは、悔しかったらデモンの山まで来るんだな!」





アレンと母さんが青空に舞い上がった。僕は力いっぱい叫んだ。

「母さーん!」

「マルコー!」

アレンはみる間に遠ざかり、僕達親子はまたや引き裂かれてしまった。

(続く)



1-3

[マルコの冒険1‐3]


僕はパン屋のお姉さん達と別れ、苦しい旅を続けた。雨の日も風の日も歩いた。

ある昼下がり、山沿いの町外れを訪れると、澄んだ川べりで水汲みの女性が座り込んでいた。




「僕はマルコ。どうしたんですか」

「私はサリナです。足を挫いてしまって」

若い彼女は歳上で白い肌が素敵だった。僕は辺りを見回した。近くには川と山だけで、助けてくれる人がいない。





「困ったな。おんぶはできるけど、それじゃ水桶は持てないし」

「ありがとうございます。それでは大きめの木の枝を拾って来てくださいますか? 桶を持ってくだされば私は杖で歩きます」

「わかりました」





僕は彼女のために杖を用意した。彼女はそれで立ち上がり、僕は水を汲み直して桶を持った。二人で並んで町の中央に向かった。

「サリナさん、意外と歩けるんですね」

彼女は足場がガタガタしていても、苦にならない様子だった。





「ええ、このくらい大丈夫。それよりかわいい顔してらっしゃるんですね。あら」

彼女は足をもつれさせ、僕にタックルしてきた。僕たちは重なって見事に倒れ、桶の水も台無しになってしまった。僕が先に上体を起こした。





「サリナさん、大丈夫ですか? お水は残念でしたが、一旦ご自宅まで送ります」

次に彼女が打ち身を押さえて、苦労して身体を起こした。

「ありがとうございます。私、下着が濡れてしまって」

「そうなんですか?」





彼女は上着の背中をたくしあげて、両手を中に入れてる。

「ホックがかたくて……、ブラジャー外して下さる?」

むんむん迫ってきた。僕はその引力に抗えず、どぎまぎしながらおっぱいにタッチした。



ーーパン!





その時頭に何か降ってきた。振り返ると見たような顔の女性が立っていた。銀のトレイを持っている。ワカメロングヘア。

「母さん!]

「何をやっておんじゃ!」

彼女が歯をむいている。





僕は真面目に説明した。

「ブラジャーが大変で」

「ブラジャーじゃない!」

「どうして脱出できるの?」





その時アレンが黒煙とともに現れた。母さんがトレイで一撃を放つと彼はまともに食らった。しばらく女座りでメソメソ泣いて、次に立ち上がる。




彼は右腕を凪ぎ払った。

「じたばたしても無駄だ!」

たちまち竜巻が起こって母さんとアレンをかっさらった。僕の頭上でアレンが言い放つ。

「アネモネはもらってゆくぞ!」

「どうして逃がしちゃったんですか?!」

「はははは、悔しかったらデモンの山まで来るんだな!」




アレンと母さんはみるみる空へのぼっていく。僕は力いっぱい叫んだ。

「母さーん!」

「マルコー!」

僕らはまた引き裂かれた。

(続く)



1-4

[マルコの冒険1‐4]


僕は旅を続けた。雨の日も風の日も歩いた。ある時小さな村にさしかかった。青いガラス工芸が名物で、子供や若い女性がペンダントやブローチ、ピアスで着飾っている。




工芸だけでなく、乳製品も売りにしている。村から町になるのはそう遠くない、豊かな地域だった。





僕は雨上がりの気持ちのいい村を楽しんで歩いた。青い野の花たちが、雨粒に潤んでそよ風に揺れていた。ところが気分を台無しにする出来事に遭遇した。





村の中央で、女性達が一人を仲間外れにしていた。僕は割って入って被害者女性をかばった。

「いじめはやめるんだ!」

「何なのあなた」

「僕はマルコだ!」





加害者女性達は気に食わなそうに鼻を鳴らした。

「悪いのはカナコだよ」

「きれいだからってお高くとまっちゃってさ」

「そういうのをいじめというんだ!」





僕が言い返すと、女性達は悔しがった。

「何だよ、いつもカナコばかりいい男にかばわれて」

「くくくくく、私の勝ちのようね」

「えっ? カナコさん?」

僕が振り返ると、背後で被害者がどす黒く笑っていた。




カナコさんが僕の腕に全身を絡めてきた。

「マルコさん、助けてくれてありがとう。これ、私の気持ちです」

言って突然上着を脱いだ。真っ昼間なのに下着はボンテージだ。





僕が面食らっていると、周りの女性達がどよめいた。

「カナコ許さない。私だってボンテージなんだから」

「私だって」





女性達が次々と上着をはだけはじめた。かろうじてスカートははいてるけど、意味があるのだろうか?

「ねえマルコさん、カナコより私のボンテージの方がおしゃれでしょ?」

「ジーナったら、マルコさん、私のおっぱいの方が大きいよね?」

「マルコさんは私が好きなの!」

「カナコばっかりずるい!」






次々と女性達が悩殺してくる。成年雑誌みたいな展開に。その時だった。

ーーパン!

頭に何か降ってきた。僕が振り返ると見たような顔の女性が立っていた。ワカメロングヘア。




「母さん!」

「母さんじゃない!」

彼女は相変わらずトレイを常備していた。

「どうやって脱出してるの?」

「そんなことはどうでもいい!」




僕は真面目に説明した。

「でもどのボンテージが正しいか、はっきりしないと」

「はっきりしなくていい!」

その時、黒煙とともにアレンが現れた。






母さんがトレイの一撃を繰り出すと、彼はまともに食らって、しばらく女座りでメソメソ泣いていた。





次に立ち上がって右腕を凪ぎ払った。

「アネモネはもらってゆくぞ!」

「どうして逃がしちゃったんですか?!」

「ははははは」

「質問に答えてよ」

その時冷たい風が吹いた。

「キャァァァァ!」

母さんの声。僕が気がつくと、巨大な生き物が彼女を十数メートルも向こうにかっさらっていた。





「母さん!」

次にアレンが突進してきて僕のベルトをつかむなり宙に舞い上がった。

「何をする」

「花子が場所を変えたがっている。ついてこい」





アレン達はそこから山の上まで飛んで行った。野の花とは無縁の、荒れ果てた山だった。雨上がりの影響か、上空からは小さな地滑りの跡も見受けられた。






アレンは気に入った場所を見つけると、怪我しない程度の高さから僕を落とし、自分達も着地した。僕は辺りを見回した。アレンは荒れた山にしては広く平らな場所を見つけたようだ。





「アレン、花子って」

「彼女のことさ」

アレンは巨大生物の方に顎をしゃくった。母さんをさらって下ろさない相手だ。





ーー瞳はくるっと、お尻はぽってり。小さな翼が体重と釣り合ってないのに飛べる。僕はさとった。

「ラブリードラゴン!」





アレンが高らかに笑った。

「ははははは、彼女は氷の乙姫さ!」

「母さんを返せ」

「マルコ、遊んでやろう! これでも食らえ!」





ドラゴンが吠えると、その口から何かが飛んできた。

「うわ!」

僕が避けるとそれは地面に命中し、たちまち氷結した。つまり彼女は冷気を操るらしい。





花子は陰惨に笑って立て続けに攻撃を繰り出して来た。僕は逃げた。花子は攻撃をやめない。

「マルコ、さがっちゃだめ!」

母さんの声がした。僕は気がつくと断崖絶壁に追い詰められていた。肩に一撃を食らった瞬間、足を滑らせる。

「マルコー!」

僕は真っ逆さまに転落した。

(続く)



2-1

[マルコの冒険2-1]


目を覚ますと僕は横たわっていた。あたりは暗く、近くで焚き火がパチパチとはぜ、暖かい。僕は毛布にくるまれていて、自分が下着姿である事に気がついた。





視線を巡らせると洞窟の中のようで、外は夜だった。自分の服がロープを使って焚き火の前に吊るされているのを見つけた。川のせせらぎが間近に聞こえる。そばに人影。





「起きたか。服乾いてるぞ」

僕は自分が断崖絶壁から川に転落したのを思い出し、飛び起きた。

「あなたは」

「おれはイカロス。危なかったな。もう少しで滝壺に落ちる所だったぞ」





「うっ」

僕が顔を引き歪めると、彼は木の枝で焚き火をかき回しながら笑った。

「肩に軽い凍傷だ。多分大丈夫だろう」




僕が気がつくと肩は手当てを受けた後だった。

「僕のために川に飛び込んだの?」

「まあな。はじめてじゃなかったし」

「ありがとう。お兄さん」

「脱がして悪かったな。風邪引くから仕方なかったんだ」

「いいよ」




彼は二十二、三歳くらいで、細身だけどたくましい容姿をしていた。革鎧で軽い武装をしている。

「僕はマルコ」

「マルコ、冷える。服着ろよ」

「はい」





僕は立ち上がって乾いた服を身に付けた。せせらぎが聞こえる方を見ると、月明かりで外の風景がほんの少し見渡せた。周辺に砂利が広がっていて、そのすぐ向こうに川が流れていた。





彼は名乗った。

「おれはイカロス。マルコ、おふくろさんが心配してるぜ」

「母さんはアレンにさらわれた」

「あいつに?」




イカロスはアレンの事を知っているようだ。

「僕はデモンの山まで旅をしてるんだ」

「おれもだ」

「あなたも?」

「ああ、復讐の旅ってやつさ」




僕は焚き火をはさんで彼の前に座った。彼は語り始めた。

「あれは春の感謝祭の日だった。彼女のセリとデートをしていたら、あいつが現れたんだ。セリをよこせって」




「それでセリさんは?」

するとイカロスは両の拳を握り、歯をくいしばった。

「セリはーーくっ」

「あ、ごめんなさいーー」

「ケモノコスプレをさせられてしまったんだ」

「コスプレ?」





僕は問い返した。なんか思ったのと違う。イカロスは夢を見る目で続けた。

「ああ、めちゃくちゃ可愛くなった。おれはその時胸がキュンとしたんだ。心がほわっと暖かくなった。ーーでも、彼女は恥ずかしかったらしくて、泣いて家まで帰ってしまったんだ」




イカロスはきりり顔を引き締めた。

「女の子を泣かせることしちゃいけないだろ。おれはその時復讐を誓ったんだ」

「あなた嬉しかったんじゃないの?」

「旅に出る前日、ばーちゃんが鍛冶屋だった亡きじーちゃんの剣をくれた。これだ」




僕はイカロスに抜き身の剣を見せてもらった。どす黒い狂暴さを秘めた、まがまがしい剣。

「おれはセリの敵を打つ。マルコ、一緒に行かないか」

僕は理解した。彼を止めることは誰にも出来ないーー。

(続く)




2-2

[マルコの冒険2-2]


「イカロスさんは私のものなんだから」

「じゃあマルコさんは私のだからね」

下山した僕たちは次の町で、ネタ切れしてストーリー性のなくなったおっぱい天国に揉まれていた。




ーーパンパン!




僕達の頭に銀のトレイが降ってきた。気がつくと正面に見たような顔の女性が立っている。片手にトレイ、ワカメロングヘア。

「母さん!」

「何をやっておんじゃ!」

「ええっ? おふくろさん?!」

僕と彼女のやりとりに、イカロスがすっとんきょうな声をあげる。




母さんはマイペースで僕を叱りつけた。

「ちゃんと助けにこいや!」

「でも裸エプロンについて、真剣に考察しないと」

「考察しなくていい!」





イカロスが面食らって母さんにたずねた。

「どうやって脱出したんですか?」

「イカロスさんも! ちょとここ座んなさい」

「はい」





母さんとイカロスが膝と膝を付き合わた。母さんの説教が始まった。

「まったくあなたはマルコの先輩だというのに、おっぱいに迷って、おっぱいに迷って」

「すみません、すみません」

イカロスがペコペコ頭を下げる。その時だった。





「マルコ、ここまで来たようだな」

僕は即座に反応した。

「アレン!」

「キャア!」

「母さん!」

アレンが現れるや、冷たい風が吹いて、母さんは十数メートル先までさらわれてしまった。

「お前はーー花子!」

花子は母さんをつかんで陰惨に笑っていた。性格はどうか知らないが、見た目はやっぱりラブリー。





アレンは言い放った。

「アネモネはいただいたぞ!」

「どうして逃がしちゃったんですか?」

「ははははは!」

「質問に答えてよ」




「ははははは! 今日は花子と話し合っているのさ。前は場所を変えてやったが、今日はここで決着をつけてやる」




花子が僕に向かって吠えた時だった。

「マルコ、さがれ!」

イカロスが僕の前に飛び出した。

「おっぱいシールド!」

イカロスの剣が花子の氷結攻撃を跳ね返した。それどころか、剣から結界のようなものがひろがり、町の女の子達をかばった。





アレンは忌々しげな目をした。

「イカロス、いつまでも邪魔をするか」

イカロスが剣を振り払うと、結界はエネルギー波になって飛んで行き、花子を吹っ飛ばした。イカロスはそのタイミングで、アレンにかかって行く。

「ダブルボインアタック!」

「ぐわっ?!」

「トルネードボイン旋風!」

「うおお?!」

「バウンドレジェンド!」

「ギャアァァァァァァ!」

イカロスの決定打が入った。





イカロスは攻撃を終えて僕の所まで下がった。

「すごい剣だね」

「ああ、妄想すればするほど強くなる、煩悩剣だ」






アレンはヨロヨロと立ち上がった。

イカロスは言った。

「アネモネさんを放せ」

「イカロス、よくも」

「覚えてます」

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

アレンがキレ過ぎて泣くのと、母さんをつかんだ花子がもう片方の前足で主をさらうのは同時だった。





空にはたちまち暗雲が立ち込め、湿気を帯びた風が逆巻いた。黒雲の中では東洋の大蛇のようにのたうち回る稲光が明滅している。アレン達はそれをものともせず、曇天に向かって上昇してゆく。母さんは叫んだ。

「マルコー!」

「母さーん!」

花子はたちまち見えなくなる。僕達親子はまたや引き裂かれた。





アレン、泣くと強い奴。僕が悔し涙を拭うとイカロスが言った。

「マルコ、おふくろさんが待ってる。行くぞ!」

「はい!」

(続く)




3-1

[マルコの冒険3-1]


「イカロスさんは私のものなんだから」

「じゃあ私はマルコさんなんだからね」

どの町を訪れてもおっぱい天国に遭遇する。僕とイカロスはシアワセの海に揉まれていた。





ーーパンパン!

案の定トレイが降ってくる。

「母さん!」

「母さんじゃない!」





近くに清流が見える。水に恵まれた土地の女の子たちはピチピチ魅力的で、どの娘もどの娘も選べない。





僕はイカロスに習って以前より少し武装している。彼と同じ革鎧と、特に魔法のかかってない盾と剣。




イカロスは目を白黒して母さんにたずねた。

「どういう魔法使ってるんですか?」

母さんは彼を無視して僕に食ってかかった。

「早く助けに来なさい!」

「でもいちいちおっぱいのハミ出る小さめのスポーツブラについて深く熟考しないと」

「熟考せんでええわ!」




その時誰かが話に割って入った。

「親子漫才はそこまでだ!」

「その声はアレン!」

僕は目と鼻の先に獣の手足を持った悪夢の姿を見つけた。

「この私が来たからには」

ーーパン!





僕は目と鼻の先に獣の手足を持ったヘタレの姿を見つけた。母さんの繰り出した一撃を食らって女座りでメソメソ泣いている。




その後、ヘタレがキレた。

「どうして先に手が出るんだよ!」

たちまち曇天がたち込め、間近にピシャッと雷が落ちた。湿気を帯びた風がどうと吹く。




イカロスは剣を構えた。

「マルコ気をつけろ。奴は泣くと強い!」

「はい!」

その時だった。空から黒い影が飛来した。

「ラブリードラゴン!」





町はたちまち女性達の悲鳴で埋め尽くされた。彼女達は本能的に僕とイカロスの後方に下がって密集した。母さんは叫ばなかったけど彼女達と行動をともにした。




イカロスは何かに気づいた。

「あれは花子じゃない」

「何だって?」

アレンは頭上にドラゴンを従えて高らかに笑った。

「花子の彼氏、勘吉だ! 前回のようにはいかないぞ。イカロス、マルコ、お前たちはここで倒れるのだ!」

(続く)




3-2

[マルコの冒険3-2]


勘吉は僕らの前にじわりと進み出た。愛くるしい瞳が陰惨に笑っている。イカロスが剣を抜く。僕が氷結攻撃に備えて盾を構えた時、イカロスが何かに気づいた。




「マルコ、川を見ろ」

僕は息を飲んだ。

「減ってゆく」

「勘吉の鼻から煙だ!」

「どういうこと?!」





勘吉が口から攻撃を繰り出した。

「おっぱいシールド!」

イカロスが僕や女性達の前に飛び出て、剣で跳ね返す。イカロスの前に高熱の蒸気が立ち込めた。女性達の悲鳴。僕は悟った。

「熱湯攻撃!」





イカロスが前に出る。勘吉との一騎討ちが始まった。残念ながら僕の装備に魔法はない。僕は足手まといになりたくなかったし、一人でも女性を守りたかったので盾を構えた。





勘吉は図体から言って重い攻撃のようだ。イカロスが機敏に回りこんで、勘吉の口に剣をお見舞いした。




勘吉は熱湯攻撃を封じられ、口に食い込んだ剣を吐き出そうとして後ろ足で立ち上がった。僕もイカロスも勘吉が胴ぶるいすると思ったはず。





けれど、勘吉は前足でイカロスに張り手を繰り出した。まるごしのイカロスが胸部にまともに食らうと、とたんにジュウッと肉の焼ける音。イカロスは絶叫して吹っ飛んだ。





僕はイカロスの胸部が黒焦げになったことに震撼した。勘吉は前足で触れた物を焼くことができるらしい。





勘吉が胴ぶるいしてイカロスの剣を吐き出した。イカロスが動けない内にアレンたちに横取りされるわけにいかない。僕は飛び出して行って煩悩剣を拾った。





僕の方にも勘吉の張り手が飛んできた。僕は間一髪、転げてかわした。勘吉は嘲るように攻撃をやめた。





アレンは高らかに笑った。

「ははははははは、勘吉は水と熱を操る最強のドラゴンだ! こいつの恐さがわかったな」

「キャアァァァァ!」

「母さん!」

勘吉が右の前足で母さんをかっさらった。左の前足にアレンもつかんでいる。温度コントロールができるらしい。





アレンは言い放った。

「この町に熱湯の雨を降らせてもいいんだぞ」

僕は拳を握った。

「そんなことになったら、町の女の子たちが大変なことに……。どうしたら、僕はどうしたらいいんだ!!」





アレンは勘吉と一緒に上空で旋回しながら哄笑した。

「アネモネはもらったぞ。お前達には子供のおっぱいがお似合いだ。はははははは!」

「母さーん!」

「マルコー!」

アレンたちは上昇して、見えなくなった。僕達親子はまたや引き裂かれた。





「マルコ」

「イカロス、しゃべったらだめだ!」

「大丈夫だ。死んでない」

僕は戦士の倒れた方に駆け寄った。彼の酷い火傷に泣きたくなった。





「おれの戦いはここまでみたいだ」

「そんなこと言わないで」

「いいさ、おれは醜い復讐鬼。母を思う純粋なお前には負けたよ。煩悩剣を持っていけ」

「イカロス!」

「奴をーー斬ってくれ」

彼は意識を失った。

「イカロォォォォス!!」

僕は呼んだけれど、彼が瞳を開くことはなかった。

(続く)



4-1

[マルコの冒険4-1]


僕はデモンの山に向かった。次々とおっぱいが誘惑してきたが、もう母さんはツッコミに来てくれなかった。危険な目に遭ってるに違いない。




僕は山を探しあてて登り始めた。険しい道のりだった。熱い砂嵐が逆巻き、槍のような氷の雨が叩きつける。それでも僕は登った。





とうとうデモンの城にたどり着いた。時刻は真昼。山は荒れ放題、空は濁ってうさんくさく、乾いた風が酷薄に吹きすさんだ。僕は煩悩剣を構えた。

「イカロス、力を貸してくれ」




正面玄関を剣で一閃する。

「おっぱい斬り!」

途端に城が半分吹っ飛んだ。

「これが剣の力ーー」

僕は剣の威力を目の当たりにした。




最初は圧倒されたが目的を再確認し、瓦礫の奥に進んだ。城は半壊してるが大広間は残っていた。その時声がした。アレンだ。

「待っていたぞマルコ」

「だったら城が壊れるの防いだらどうなの?」

「はははははははは」

「質問に答えてよ」





アレンは城の半壊に巻き込まれたらしく、全身打撲と擦り傷だらけでほこりをかぶっていた。10メートルほどむこうにいる。

「アネモネ、こっちへ来い」

「マルコ!」

「母さん!」

アレンが呼びかけると勘吉が母さんの手を引いて現れた。




アレンは言った。

「勘吉の攻撃はわかっているな。彼を斬ってみろ。アネモネは大火傷だぞ」

「母さん!」

「マルコ!」

「母さん、邪魔だ!」

「勘吉、ファイヤ!」

僕の足元すぐ近くに熱湯攻撃が飛んで来た。ファイヤと言ったのはアレンでなく母さん。





「何すんだ母さん!」

「親に向かって何ですかその言い方!」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「考えなさい!」

「母さん、勘吉、手なずけたんじゃないの?」

「あんたって子はいつもいつも!」

「人を無視して親子喧嘩すんじゃねーよ!」

最後はアレンがマジギレして結んだ。





「ええい、マルコ邪魔だ! 母親の目の前で茹でてやる。覚悟! 勘吉、ファイヤ!」

勘吉が口を開いた。僕は剣を構えた。

「おっぱいシールド!」




剣の回りに結界が広がり、勘吉の攻撃を跳ね返した。半分は気化して無力化してしまう。それを見たアレンは広間の飾りになっていた剣を取り上げた。




「なかなかやるな。では私と一騎討ちだ」

勘吉の攻撃がやんだので結界が消えていった。僕はむかって来たアレンと斬り結び始めた。

「おっぱい斬り!」

「ぐわっ?!」

「エクセレント美バスト一本!」

「ぎゅう?!」

「アルティメットセイントボイン!」

「勘吉!!」

アレンのかけ声で熱湯攻撃が飛んで来たので、僕は剣で跳ね返した。




「一騎討ちって言ったじゃないか」

「ははは、甘ちゃんだな。戦いにルールなんかあるわけないだろ」

アレンはスタコラ勘吉の側まで退いた。





「それがイカロスの剣か。上等だ。勘吉、ファイヤ!」

僕はおっぱいシールドで応戦した。ある時攻撃がやんだ。シールドが自然に解けた時、勘吉が母さんを置いて僕の目の前に瞬間接近してきた。僕は咄嗟に勘吉の両前足を斬りつけた。勘吉は後ろにもんどりうってアレンの方に引いた。





熱湯攻撃か、前足攻撃か、勘だけの判断が当たったようだ。勘吉はもう接近して来なかった。前足を負傷して煩悩剣の間合いに入るのは不利だからだろう。





間髪入れずに熱湯攻撃。僕はシールドで応戦。水圧に押されてぐんぐんずり退がり、背後に壁が迫った。僕の方は、距離をとっても接近戦でも分が悪い。アレンは笑った。

「はははははは、防戦一方じゃないか。勝負は見えたようだな!」

「くっ」

僕は歯噛みした。

(続く)



4-2

[マルコの冒険4-2]


僕は勘吉の攻撃を跳ね返しながら、必死で頭を回転させた。




ーー勘吉が初めて現れた時、川の水を使っていた。ここに川はない。何かーー何か水源があるはずだ。それが見つかればーー!





ーーキュー……

僕は自分の背後の壁に蛇口があるのを見つけた。よく見るとそこからホースが伸びていて、勘吉のお尻につながっている。





僕の片手は煩悩剣でふさがっているが、もう片手を空けられる。僕はおもむろに蛇口をつかんでキュッと締めた。





勘吉はしばらく放水していたが、ある時ピタッと攻撃ができなくなった。直後にガスッと煙を吐いて目を白黒。次にひっくり返ってのたうち回り始めた。




「うおぉぉぉ?! 勘吉が空焚き!? どういうことだ」

アレンの前で、勘吉は七転八倒。とうとう体力を使いきってしまい、鼻から黒い煙をあげて目を回してしまった。





僕は動揺するアレンの隙を見逃さなかった。全力の一撃。

「ふわっとはずんでツンと上向き、ほんのり桜ピンク、夢の二つ星アタァァァァァック!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ?!」

アレンはとうとう倒れた。彼の最後だった。





僕は彼が動かないのを見届け、母さんのもとに歩み寄った。

「もう大丈夫だよ」

「ちょっとここすわんなさい」

「はい」





僕は彼女と膝と膝を付き合わせた。

「まったくあんたって子は、おっぱいで寄り道して、おっぱいで寄り道して」

「ごめんなさい」

案の定の展開が、なんか落ち着く。母さん笑うと可愛いんだけど、怒ってても意外と可愛い。





彼女は説教を終えて立ち上がった。アレンの所にいく。倒れたキャラをわざわざ揺すり起こす。

「ちょっとここすわんなさい」




今度は彼に説教。

「まったく、女さらっちゃ人に迷惑かけて、女さらっちゃ人に迷惑かけて。あなたね、朝寝坊して、ボタンかけ違えて、料理はサボって、女は口説けなくて、何なの。シャキッとしなさい」




アレンがべそをかきはじめた。

「だっていつもみんな冷たくて、母さんにあんたはダメな子って言われて、おれなんか、おれなんか」

「ダメな子なんかいません!」

「おれに何の取り柄があるんだよ」

「お風呂があるでしょ!」

「お風呂?」



エピローグ

[エピローグ]



「番頭さーん、石鹸ないよー」

「へーい、ただいま!」




3ヶ月後、アレンは母さんの指導を受け、僕らの故郷で働き出した。もう赤トンボの季節。勘吉が名水を沸かしはじめるや、町は銭湯の話題でもちきりになった。





一番の目玉商品はラブリードラゴンとお風呂で遊べること。勘吉は女性客と一緒に湯にプカプカ浸かり、花子は風呂上がりの客にアイスクリーム、シャーベット、それからひえひえのハグをプレゼント。めぐりめぐって次の夏になれば、立場が逆転して勘吉はバーベキュー係になるだろう。





アレンはドラゴンにあやかる形で、たちまち二番目の人気者になってしまった。仕事着は客と同じ浴衣。獣の手足が出ていると違和感大爆発なんだけど、それも最初だけだったようだ。僕がアレンちに寄った日は、湯上がりの女性客に囲まれていた。




「番頭さん、手足の獣毛ピカピカ!」

「どういうお手入れしてるの?」

「それは毎日お風呂とトリートメントですよ!」

「やっぱり。ちょっと触っていい?」

「わたしも!」

「えへへ。くすぐったいなあ」

アレンデレンデレン。





僕は彼に語りかけた。

「イカロスに会いに来たんだ」

「そうか。喜ぶぜ」

イカロスは最近アレンと和解し、彼の集中治療を受けていた。





「イカロス、入るよ」

僕はアレンの案内で、母屋の集中治療専用和室に迎えられた。すだれをあげて更に奥に入る。

「かー……」

「かー?」

「そこそこそこ」





イカロスが幸せそうに布団に横たわっていた。体長30㎝ほどのたくさんの赤ちゃんドラゴンと重なって昼寝中みたいに見えた。彼が僕に気づいた。




「マルコか、久しぶり」

「元気そうでよかった。イカロス、もう赤ちゃんの相手していいの?」

「相手してるんじゃない」





イカロスに続いて、アレンがにやりと笑った。

「治してもらってるんだ」

「どういうこと?」




僕がたずねると、アレンが説明した。

「勘吉と花子のチビっ子だから能力を受け継いでいるのだ。紅一点の美子はお母さん譲りで湿布ができる」

「なるほど」

美子はイカロスの胸の上にひっついて、のんびりしている。




「でも患者が身体を冷やしてしまうといけないだろ?」

アレンの次にイカロスが言った。

「マルコ、オスのチビッ子の下にもぐりこんでみろ」




僕は両膝を落として、イカロスの腰から脚の上にダンゴ状に折り重なっているチビッ子の下に手を入れた。

「あったかい!」

「そうなんだ。極楽なんだよ」

アレンは自慢気だった。




「男の子達は大きくなると雷を操るんだけどな、まだ小さいから電気毛布でしかないのだ。秋はそう寒くないが、朝晩は冷えるしな」




ぼくは男の子達の下に膝まで入れてしまった。

「やめられない!」

「だろ?」

イカロスが歯を見せて笑った。僕は浴衣姿のデモンを振り返った。

「アレン、煎茶とみかんないかい?」

「オレンジならあるぞ」




思わず注文したら、アレンがオレンジを取りに奥にひっこんだ。すっかり気のきく奴になって。




アレンの3ヶ月後は清々し過ぎるほどだったが、まだ僕がハッピーを見届けていない人がいる。チャックおじさんだ。ぼくと母さんが故郷に帰還した日、彼は祝福に来ようとして、あわてて階段から落ちてしまった。





僕と母さんが居心地のいい貸家で再出発してから、もう彼の怪我の治る頃だ。僕はおじさんの牛乳が恋しくなった。



「アネモネさん!」



会いたくなったら、おじさんはたちまちカムバックした。呼ばれたみたいに僕たち親子の前に現れる。白タキシードに薔薇の花束のいでたち。



「アネモネさん!」




おじさんは20メートルほど向こうから、母さんめがけて走りはじめた。





「アネモネっすぅぅわあぁぁぁぁぁぁん!!」




途中でけつまづき、前のめりに転倒。両足が浮き上がった状態で、顔だけで母さんの方にじょりじょりスライディングしてゆく。しっかり花束を握って。ーーおじさんの恋の行方が気になるが、それはまた別の話。


(終わり)




後書き

最近自分の過去作品を読み返してみたのですが、書いた直後ほど自己嫌悪におちいらないことに気がつきました。



勉強不足すぎて削除したかった「ロビー」、


ラストがいまいちカタルシスに欠けるため、もっとハッピーなエピローグ構想を練っていた「シンデレラ」、


一部の人にしか理解されないと思った「音」、


前半が悲惨すぎて台無しと思った「山の王様」、


読み返してみるとそんな嫌いじゃないです。あくまで素人目線ですが。



どうして書いた直後って、ノイローゼみたいにアラを探してしまうのでしょう。書き手目線になってるからです。時間と忘却の力が読み手目線、客観視点を思い出させてくれます。



もっといいの読みたい! 好きなキャラに会いたい! だから書きたいって思い出しました。



ご覧くださった方に感謝。