怒鳴る患者

※すみません昔の組織名ハーメルンをまだ直してません】





 「だからあ、敦は自分に負けたんだよ」



 中年で禿げ上がった男、吉川は今日もタオルを首に巻いて、身を持ち崩したギャンブラーのような格好をしている。



彼は元々大きな声を更に張り上げてしゃべっていた。何故なら遠い席の相手に話しかけているからである。




 精神科の大型、牧田病院は坂道の上にある。年末シーズンの院内は、透明ボルドーのグラスアートがそこかしこできらめいていた。



裕福な病院ではないが、精神科なら患者の中から作家も出るだろう。或いは駆け出しの作家から作品を貸し出されることもあるだろう。



精神科に鋭利なものは持ち込めないことを考えると、割れない素材のグラスアートと考えられた。




 ロビーは席を移動できないほどの混み具合ではない。吉川は患者だ。そして彼は話し相手と不本意に離れてしまったわけでもない。




吉川は大声でまくしたてて発散する快楽に没入しているため、相手と接近する努力を怠っているのだった。




 そして吉川は患者によくあるように、注意されるまで空気が読めない。注意されてもしゃべるのをやめられない。




 「一流のカップルの息子で、私立の学校に受かって、いいもん食って! 才能認められてメジャーデビューして! 苦労してないから人生ナメてたんだよ! あいつの売れっ子人生もこれでパア。ナメてたんだよ! 人生」




 吉川は過ちをおかして騒動になっている二世芸能人をこきおろすのが止まらない。その瞳は興奮でぬらぬら光っていた。




 「そうだよね!」でっぷりと太った六十代の老婦人、花川が同調して大声を撒き散らした。

 「人気バンドのボーカルで、一躍有名人になって、容姿は整っていて、ガッポガッポ稼いで。でも人間てさ、ナメてると転落するんだよね。甘やかされたんだろうねっ!」




 彼女も空気の読めない患者。しゃべってないといられない。二人とも全てを持ったアーティストの転落が楽しくてたまらない様子だった。




 「そうだよ。甘やかされたんだよ」

 「浩二と良子の子供だもん」

 「二世アーティストなんて結局さ!」

 「なあ? 苦労してないよな!」

 



 醍醐直美は今年で二十四になる。ADHDだが統合失調の診断を受け、精神科にかかっている。




ADHDの専門医は近くに見つからず、見つかったとしても統合失調の治療をしている以上、投薬は受けられない。



しかし現在の主治医に甘んじると、ADHDの治療は直美の趣味の自己責任とされた。




主治医の姿勢がそうでは医療関係者はADHDの相手などしない。それどころか、ADHDを統合失調患者の妄想で片付けようとする。直美は生活に困っていた。




 ADHDは聴覚の情報に弱い。診察の日のロビーはいつも拷問だった。吉川、花川は、直美の牧田病院デイケア時代の苦手な知り合いだった。




 直美はロビーで静かな場所を探してさまよったが、どのポイントにも吉川、花川みたいなのがいた。




居ないと思うと本人たちがまるで直美をつけてくるかのようにはるばる移動してきて、そばに陣取った。




彼らは会話に花を咲かせるが、絶対に接近して座らなかった。離れて座って叫び合う。




 直美は、更に悪い事に挙動のおかしい青年にも気がついた。彼女が移動するたび、執拗に密着して来る。彼女は正々堂々とたずねる事にした。

 「何ですか」




 青年は答えに詰まり背中を向けたが、辺りをキョドキョドしながら直美の方にバックしてきた。片手を彼女の片方のてのひらにタッチ。



そのあと竜巻のように廊下を走ってゆき、つきあたりに立っていた大柄な壮年の男に丸めたノートですっぱたかれていた。





1-2怒鳴るママ友

【ロビー1−2】


 直美の近くで連れだっているママ友二人組のリーダーは柿本。




直美の知り合いではないが、病院の常連で、あまりにも個性的なので直美が勝手に『柿本』と名付けた。




彼女たちは吉川、花川に負けない音量で会話を繰り広げていた。でないと互いに聞こえないからである。




 「君川先生ってさあ、若いじゃん。わかってないわけ」

 「一流大学出てさ、いい嫁さんもらってさ、次男で気楽なもんだよね」

 「でも知ってた? 噂だと奥さんがねーーちょっと何やってんの、バカァ。こっち来なさいよ」

 「キャーッ!」




 柿本の子供は大絶叫して走り回った。子供の声を責めても仕方がないが、母親の彼女は下品に子供を罵るのが日常化しており、子育ては、ずさんだった。




 子供は母親の汚い言葉に慣れ親しみ過ぎて、叱られたことがわからない。母親の方は子供がこたえていなくても怒ったポーズだけできれば責任を果たしたつもり。



彼女は周囲の迷惑を顧みず、子供を放置してママ友としゃべるのに夢中。




その上、院内にはTVが取り付けられワイドショーのチャンネルに合わさっている。万引きをおかして騒ぎを起こした二世芸能人、上川敦をコメンテーターが嬉々としてバッシングしていた。 




CMになるとクリスマス商戦一色で、人気女優がボルドーのコートでカメラに笑いかけた。終わるとワイドショーの続きが始まる。




直美の受付No.は69で、現在68の患者がかれこれ45分診察室を陣取っている。直美は次かと思うと息抜きにパンをかじることもできなかった。



彼女は院内をさまよった。やっぱり不審者がついてくる。通路の壁に背中を張り付けて、直美の死角をゴキブリのようにカサカサカサカサ。




例の彼だ。彼女は彼を睨みつけて言った。「何ですか」

彼は真剣な顔つきで壁づたいにカサカサさがってゆき、突き当たりに立っていた大柄な壮年の男に丸めたノートですっぱたかれていた。






TVの爆音

【ロビー1−3】


直美は騒音で休むことができず、ロビーをさまよった。柿本一行は、吉川、花川の叫びあいに負けないように、声を張り上げてしゃべり続けている。




病院正面玄関近くのナースステーションでは若いナースが電話対応中。彼女もマナー違反者に負けじとわめいた。

 「ですから、奥様に同行していただいて、それから考えましょう! 聞こえますか?! 奥様がね、大体のことを把握してらっしゃるのですよ!」




 そのそばで更にナースに負けじと女性患者が甲高い声でまくしたてる。

 「私、腹筋割れてるの! 見るう!? ジムのトレーナーも、私の病気知ってる上で指導に当たってるの! 『僕、生意気かもしれませんけど、はっきり言わせてもらえば、プロテインが足りてないんですよ』ってきっぱり言ってきて、ビックリ! それでプロテインがさ!」




患者の中の老婆が空いてる会計に歩いてゆき、受付嬢に言った。

 「TV聞こえません」

 「あ、すみません」




対応した受付嬢は小山。直美は牧田病院が長いので、常駐の職員は全員覚えている。



小山は受付嬢の中で四十代の古株だったが、美しく、盛りを過ぎた人には見えなかった。小山はリモコンを使ってTVの音量を爆音にセットした。




すると吉川、花川が互いの話題を聞き取るため更に大きくがなりたて、柿本一行がわめきちらし、ナースと腹筋自慢がそれに負けじと金切り声をあげる。TVの爆音は、彼らの狂宴で潰れてしまうくらい。




直美は情報の多さに頭を抱え、小山に直談判しに行った。

 「TVのボリューム下げてください」

 「見たいって人がいるんです」

 小山は笑顔で叫んだ。そうしないと会話にならないからだ。




直美は食い下がった。

 「私はうるさいと具合が悪くなるんです」

 「でもね? 見たい人がいるんですよ?」

 「見たい人は見ないと具合が悪くなるのですか」

 「でもね? 見たい人がいるんですよ?」

 小山は壊れた昔のレコードのように、笑顔でひとつ覚えを繰り返した。




 「ボリューム下げてください」

 「あなた一人のために下げるわけにはいかないのです」

 「私一人のわがまま扱いしないでください。私はADHDで、ここは安静をむねとする精神科です」

 「でもね? 見たい人がいるんですよ?」

 



直美は頭脳戦だけだったらもっと粘る事ができた。しかし、周囲の爆音と張り合いながら小山と怒鳴り合うことは出来なかった。





直美はあきらめてロビーの隅にさがった。知らない青年が一人、歩みよって来る。二十六歳くらいだ。

 「醍醐直美さん」

 「誰ですか」

 「若鷺仁(ワカサギ・ジン)。あなたにプレゼントです」




彼は肩掛けの鞄から出したヘッドホンを彼女の頭に被せた。数秒経って、彼女は異変に辺りをキョロキョロした。




彼は言った。

 「静かになりましたか? それ、ノイズキャンセリングヘッドホンっていいます」

 「ノイズキャンセリング?」

 「身内の帝凪(ミカド・ナギ)が、あなたの近くで騒音計のデータ取ってました」




若鷺は彫りが深い割に優しい顔立ちで、確かに日本人だが西洋のマリアのように見えた。

 「あなたが牧田病院に入って院内のどのポジションに移動しても、周辺は必ず75デシベル以上。電気屋の騒音を凌ぎます。病気ぐるみの統合失調工作です」




 「若鷺さん、何者?」

 「私達はブルーフェニックス」

 ブルーフェニックス――マイナス憲法に養護され、国家権力に対抗しうる、武装福祉組織といわれている――。



 直美はたずねた。「ブルーフェニックス? 彼も?」

 仁は直美の目線の方を向いた。




二人の死角の壁に、ゴキブリのように背中を張り付けている人物を見つける。直美が不審者と思った青年だ。年齢は仁と変わらないようだが、一つぐらい下ではないだろうか。




仁は動じないで両手を腰に当て、真正面から相手を見つめた。ゴキブリはキリリと真顔で睨み返していたが、仁の数十秒の眼力で大量発汗をはじめた。




背中を壁に張り付けたまま、カサッ、カサッと後退してゆき、突き当たりで待っていた大柄な壮年の男に丸めたノートですっぱたかれていた。




仁は直美に言った。

 「気にしないでください。凪のやつ、被害者がかわいいと変な動きするんで」

 「どうやって私のことを知ったのですか?」

 直美の問いに、仁は涼しそうに微笑した。

 「ブログで実名公開なさってるでしょう。“ブラックペッパー”シリーズも“十年”も拝読しました。



あなたの考察通り、あなたの最初のカルテを書いた医師と、最初に手術した医師は、病院側がひた隠しにしてます。牧田病院は過去にも被害者を出してますよ」




 凪は壮年の男に襟首をつかまれ、直美の前に連行されて来た。そして彼女にたずねた。

 「音楽好き?」




彼も仁に負けない痩身だ。よく見ると大型猫の子供のように憎めない顔立ちで、目尻が少しオリエンタルだ。




パステルブルーのダッフルコートにボルドーのボトムス、純白のバスケットシューズと腕時計のいでたち。




冬に春色を着こなせるようだが、行動が痛々しくて見目良いだけ実に勿体なかった。






反撃

【ロビー2−1】


凪は牧田病院正面玄関から次々と運び込まれる音楽機材を受付前に誘導した。早くもバンドメンバーと追っかけ隊が到着する。




凪はメンバーと機材設置の指揮をとった。被害者から目を離すつもりはないので直美にも手伝ってもらう。その後、メンバーは調弦をはじめた。




追っかけ隊が極端に小規模なのは、しぼらないとハーメルン第三部隊屋内班の管理下に置けないからだ。




抽選で選ばれた女性軍団は意中の人のため、これでもかと華やかなファッションで集まった。





 「どういうことですか、ここは病院ですよ」

 病院受付代表の小山が凪の元に抗議しにやって来た。TVの音声で直美を苦しめた女性だ。




名札を見ると受付以外に兼任している役職があるようだ。凪はチラリと直美を見た。固まっている。




凪は直美の手をそっと握るとすぐ離し、小山にさらりと答えた。

 「知ってますよ」

 「出て行ってください」

 「嫌です」

 「警察を呼びますよ」

 「どうぞ? ブルーフェニックスは警察なんか、恐くありませんよ?」




 凪は小山が直美にしたように、あやすように微笑した。案の定、小山の勘に触ったようだ。怒った彼女も魅力的。彼女は食い下がった。




 「患者さんのご迷惑です」

 「そんなことない。この病院、朝からずっと75デシベル以上でしたよ」

 「わけのわからないこと言って」

 「ではわかってもらいます。電気屋の騒音と同じ爆音だったと言ってるのです」





小山は凪の物言いに心外といった様子。

 「そんな根も葉もない」

 「騒音計で時間と数値の証拠も取ってます。十回計りましたが、醍醐直美さんの周辺は常に電気屋レベル」

 「それはたまたま」

 「十回連続のたまたまなんてない。直美さんに対する攻撃です」

 「偶然です!」





かみついてきた小山は気位の高い飼い犬のようだった。

 「偶然? では悪意はなかったのですね?」

 「当たり前じゃないですか」

 「それは良かった。涼子さん」

 「はーい、ブルーフェニックス報道部です! みなさん、こっち向いて」




 追っかけ隊の中からブルーフェニックス女性隊員、舵涼子が楽器の前に飛び出して来た。小山は目をむいた。





涼子は小山と同年代の美魔女だが、小山のようなキツさがなく、ブルーフェニックスの中にもファンが多かった。



涼子の持っているカメラに周囲が騒然とする。涼子は笑顔で被写体に接近した。

 「ほらほら、笑ってー」

 「何するんですか!」

 とっさに顔をかくしたのは小山も例外ではなかった。




病院構成員全員が顔色を変え、カメラからの見えない光線であぶられているかのように顔を押さえて悶絶した。




涼子は満面の笑みでたずねた。

 「あら、一人残らずカメラ嫌いなんて偶然、あるんですか? 興味深いですね。視聴者のみなさん、ここが牧田病院です!」




涼子は実況し始めた。

 「ご覧下さい! 病院構成員全員が残らず顔を隠します。まるで組織みたいです! ブルーフェニックスが一般人の顔を公開するわけがないのに不思議ですね。追いかけてみましょう!」




涼子が更に病院構成員に接近を試みると、涼子一人を相手に彼らは狂ったように逃げまどい始めた。

 「うふふふふふふ、モザイクかけてあげますよ。それでもダメージなんですか? お待ちなさいお待ちなさい」

 涼子が追いかける。何故だか一番輝いている。





牧田病院、患者の優子は腹筋を割って身体を絞ることを至上の悦びとしていた。やり過ぎてドクターストップがかかっているが、それでもやめるつもりはない。ある日、突如として降りかかった悲劇に絶望していた。





 彼女は仲間と一緒にブルーフェニックスのカメラから逃げまどい、病院の正面玄関を飛び出した。そして周辺をブルーフェニックス機動隊が固めていることにドギモを抜かれる。




拡声器の声。

 「牧田病院構成員に告ぐ。集団ストーカーの証拠映像はおさえた。投降して捜査に協力しなさい」




 優子たちは悲鳴をあげて病院内に逆戻りした。全員パニックに陥る。優子は叫んだ。

 「どうしろって言うの。私、何にもしてないのに」




 待ち構えていたブルーフェニックス報道部の女がカメラをかざして来た。

 「あら、何もしてないならハーメルンに協力して問題ないでしょう。ほらほらお姉さん、こっち見て笑って! どうして協力したくないんですか?」




 優子は理不尽に泣きたくなった。端正込めて腹筋を割ってきたのに。神は腹筋を知らないのだ。

 「犯人にする気なんだ!」




 「本当の犯人もそう言って一般人に紛れるでしょうね。でも一般人って実はそういうこと言わないんですよ。不思議ですね!」




 優子は泣き叫んだ。

 「お姉さん、笑って!」

 報道部の女は一番輝いていた。





ライブ

【ロビー2−2】


チューン。

凪は音響を離れたが、マイクの感度は耳で確認できた。

 「みんな、今日はありがとう」

 「キャーッ、サトシ」

 「こっち向いて」




人気バンド“竜神”のボーカルはボルドーの衣装に身を包み、ファンに挨拶した。

 「牧田病院は十回計測して全部75デジベル以上! 僕らの音楽はここではそよ風と同じなんだ。だからみんな、今日は思いっきり応援して!」




客席は病院ロビーのベンチ。しかし不満をもらす女性は一人もいない。選ばれし彼女達は若さにあふれ、瞳を輝かせ、歓声を上げた。

 「愛してる、サトシ!」

 「愛してるよ。あなた方のために歌います」

  



演奏が始まった。ドラム、ギター、キーボードの爆音。

 「サトシ」

 「痺れる」

 「もうどうにでもして」

 女性達は黄色い声で快楽の世界に溺れた。

 「スリー、ツー、ワン」

 サトシが歌い始める。




 「やめて! やめなさい。安静にしなければならない入院患者さんがいるのです」

 小山は受付嬢と交渉係を兼任しながら、何とか形勢を立て直そうとしていた。




彼女の制止に耳を貸すものは現れず、彼女はステージ袖に追いやられ凪と二人。




凪は答えた。

 「じゃあ今すぐ転院させなさい。ここは病院として機能してない」

 「そんなっ」

小山が顔色を変える。




凪は続けた。

 「文句があるなら玄関前の機動隊と話し合いに行けばいいじゃないか。あなたには弁護士も裁判官も証拠映像もあるんだよ。行きなさい」




この爆音では隊長が凪の言動を聞き取るのは不可能だ。凪は話し方を崩して小山を優しく突き放した。

 「安静にしなきゃならない患者のためなら、あなた方病院として機能するんだよね?」




絶句する小山に凪は甘ったるく笑いかけた。彼は受付前に歩いて行き、カウンターに転がっていたリモコンを拾った。それを使ってTVの音量を更なる爆音にセットする。




小山は耳をおさえ、病院構成員も悶絶、ロビー中央はさながら音の嵐となった。小山が気丈に抗議してくる。




 「何するんですか」

 「だからあ、身体壊す人が出てもTV見たい人が優先なんだよ。あなた直美さんにそう言ったよね」




 凪は隊長のカミナリがないのでのびのびと地を出した。勤務中のバカンス。

 「暴力です」

 「玄関前は静かだよ。そっち行ったら」

 病院構成員は『嫌だ』の声も出せず、もんどりうった。




 「醍醐さん、どうしました?」

 仁達奥内班は、証拠収集と、被害者、協力者の護衛が仕事。彼はステージ裏方で直美が泣いているのを見逃さなかった。




彼女は答えた。

 「御門さんが、私のために怒ってくれてる」

 仁は安堵で微笑した。

 「そうですよ。みんな味方ですよ。もう一人ではありません」

 「はい」




 仁は小山の相手をしている凪を見た。彼がTVを爆音にセットしたことから、攻勢を強めていることがわかる。




ステージ側も重低音が鳴り響いているが、耳を痛める爆音ではない。病院構成員は音ではなく、内も外もブルーフェニックスという、仲間同士で策を練ることも出来ない状況に苦しんでいるのだった。




そして彼らは一人では考える事が出来ない。個でなく全。だから苦しいのだ。




正面玄関の方から機動隊の拡声器の声が届いた。「集団ストーカーに告ぐ。速やかに投降しなさい」これも爆音。



仁はバンドメンバーの合図を確認して、直美を促した。

 「呼んでますよ。いってらっしゃい」




凪は“竜神”の二曲目に、ギタリストとして直美が登場するのを確認した。彼女はノイズキャンセリングヘッドホンをお守りに首にかけてるが、ゴツいアクセサリーになっていてチャーミングである。




バンドメンバーは凪の声かけで集まっているので、今日しか出来ないイベントに好意的だった。さらに直美の玄人はだしに大ウケしている。




凪は小山をほっぽってステージに飛び込んだ。ダンスの余興で客席をわかせてから楽器を借りて演奏に参加する。凪と直美のツインギター。




凪はパフォーマンスの最中、直美に接近して背中合わせになった。振り返ると彼女の顔と吐息のかかる距離になる。





凪は演奏しながら話しかけた。

 「いいね、直美さん。何かつらいことある?」

 「いいえ。音楽に集中してるから」

 「こういう騒音はいいの?」

 「はい」

 「イーヤッホイ!」

 凪は身体と五感を熱気の海に溶かして翼をひろげた。






制圧

【ロビー2−3】


 ブルーフェニックス第三部隊員、若鷺仁はロビー中央、受付と反対側の壁に背中を預けて客席の後ろからステージを見守った。踊る、奏でる、無用な時に廊下を走る、エネルギーの塊のような凪に感心していた。





集団ストーカーは現行犯では逮捕できない。彼らは法に抵触することはしないからだ。だから彼らに重火器は間違いである。彼らが権力者から暴力を受けたと主張すれば罪を問うのが難しくなる。そうなるとカメラだ。




個人がSNSも始めてないのにカメラで集団ストーカーを“追い回す”のは非常に危険だ。SNSの力を借りる時も、加害者個人を特定しないように情報拡散しなければならない。被害者が加害者に訴えられたら負ける。




 しかし今回のように組織対組織なら話は別だ。



カメラはたとえモザイクをかけたとしても集団ストーカーのダメージになる。彼らが組織であるという証拠が取れるからだ。




病院一階構成員は涼子に追い回された結果、数名ごとのグループに分かれ、ロビーの隅の壁に張りつく形態を取っていた。




第三部隊奥内班は更に爆音で集団ストーカーの判断力を削ぎ、結束を阻み、少なくとも牧田病院の一階では擬態病院としての機能を強制停止させた。



ブルーフェニックス機動隊がストーカーの本拠地を囲み、圧力をかけることによって彼らを精神的に追いつめている。





仁は二曲目が終わった後、カメラを持った中年の男がステージに飛び入りするのを見た。ブルーフェニックス報道部と装備が違う。




 「ブルーフェニックスの許可で入っている一徹TVです。被害者の方ですね?」

彼は手持ちのマイクを直美に向けた。




仁はステージに向かった。直美は面食らっている様子。

 「何ですか」

 「特番組む予定なんです。入院歴は何年ですか?」

 直美は口をつぐんだ。TV局員は客席を振り返った。

 「みなさん、統合失調で集団ストーカー被害を訴える醍醐直美さんです!」




同じステージの凪は、インタビュー中の局員のマイクを取り上げるとその口をこじ開けて中に突っ込んだ。次に局員の額を片方の掌でトンと押す。仁はよろめいた局員の背中を受け止めて言った。




 「こちらへいらしてください」

 局員はマイクを吐き捨てると、高らかに主張した。

 「暴力だ! 私はハーメルンから暴力を受けた」

 「そうは見えなかったな」




 仁は局員をぐいぐい引っ張って、ステージを退場させた。

 「暴力だ」

 「凪を見ろ」




 仁はステージの方に顎をしゃくった。凪が片手で直美の腰を抱き寄せて局員を見ている。局員もそれに気がつく。



凪は潤んだ唇で白蛇の化身か妖艶な毒婦のように微笑していた。局員は凍りついた。仁は諭した。

 「あの恐ろしさがわからないか。むしろ避難させてやるって言ってるんだ」





第三部隊長、大柄で目立ちがちな壮年、雨風塔吉郎は売店の前で状況を伺っていた。




“竜神”の三曲目が始まる。屋外から機動隊の呼びかけ。壁に張りつき無視を押し通す病院一階構成員。塔吉郎は報道部で先陣を切っていた女性隊員を呼んだ。

 「舵」

 「了解」

 彼女が正面玄関に向かい、自動ドアの前で合図をした。





途端にカメラマンの集団がなだれこんでくる。機動隊のわきで控えていたブルーフェニックス報道部隊だ。




 病院一階構成員はカメラに驚愕して逃げ惑う。気持ち悪いくらい無言で逃げるので昆虫の群れのようである。




一般のブルーフェニックス協力者が騒然としそうな展開だったが、主役のアーチスト、サトシ達にはブルーフェニックスから事前に予告している。




現在音楽界で飛ぶ鳥を落とす勢いの“竜神”は強烈な引力を発揮し、ファンの女性軍団を釘付けにした。




しかも報道部の突入に合わせてどんどんステージを盛り上げる。ファン達は熱狂し、報道部など眼中に無い。誰かが気づいたとしても、“竜神”にメディアがついて疑問に思う者はいない。




報道部のカメラは集団ストーカーとそれ以外を見分けるのにも一役買う。




病院一階構成員は院外にいぶり出され、カメラに何も感じないブルーフェニックス隊員、協力者、被害者が茶漉しの中身のように無傷で院内に残った。院外に脱出した病院構成員を機動隊が取り押さえている。






 七橋春人はハーメルン医療部隊の若き一員として機動隊の脇に控えていた。一緒だった報道部は既に出動している。




機動隊の仕事が終わりにさしかかると春人は仲間と動いた。軽装の機動隊員が護衛に同行してくれる。医療部隊はなるべくものものしくならないように、牧田病院二階から六階に分散した。



春人のチームは病院の要になっている二階の担当。代表者を呼び出す。

 「どういうことですか」

 「集団ストーカーの証拠を押さえました。医療スタッフはこちらのチームと交替してブルーフェニックスに協力して下さい」




こうして牧田病院は穏便に制圧された。患者の中の加害者には、ブルーフェニックス医療部隊の監視の目が光ることになる。





ツインボーカル


【ロビー2−4】


 仁は隊長の塔吉郎と並んで“竜神”のライブ続投を見守った。病院の爆音TVは医療部隊突入の頃にはいつの間にか消えていたと思う。

 



 ツインギターの片割れ、凪は曲目の切れ間でボーカルに言った。

 「サトシ、次入れてくれ」

 「よしきた」




 サトシはMCに入った。

 「みんな、次は映画音楽のカバーだ。友達に歌ってもらおうと思う。僕はベース。面白いから応援して! キーボードボーカル、ナギ、ギターボーカル、ナオミ」




 サトシが言うなら不満のある者はいない。ツインボーカルは拍手で迎えられた。

 サトシがソロでベースを弾き始めるとステージは黄色い喝采で盛り上がる。




各楽器も演奏に入り、凪もキーボードの上で指を踊らせる。直美はギター片手に歌い始めた。




 ーー明日の君に心酔し

  全て捧げ戦った

  君とともに戦場(イクサバ)駆け抜けた


 次は凪の弾き語り。


 ーー国を建てて花が咲く

  共に歌い笑った

  君は逝ってしまった


 仁の横で隊長が呟いた。

 「映画と詞が違う」

 「はめこんでますね」




 はめこみとはメロディに合った字数で詞を作ること。仁は説明が不親切だったかと思い直したが、隊長にはニュアンスで伝わったらしい。




 「どっちの作詞だ」

 「両方の即興だと思います。打ち合わせ時間なかったはずですから」

 隊長は片手で顎をなでて感心している様子。




 「凪は何でも屋だから驚かないが、直美さんも作詞するのか」

 「カッコいいですね」





 ーー僕は旅に出たんだ 空の真下ひとり

  熱い記憶秘めて 今を生きてる

  花畑の中で 大の字に寝転がり

  すがすがしいほど一人 春が寄り添う

  風と流れ流れ バザールに腰かけた

  今の共は弦楽器 遠くのドラム

  僕は歌い語る 花売りが足を止め

  鮮やかな紅の空 宵の鳥たち




 ツインボーカルは大成功に終わった。サトシは大よろこび。サトシがボーカル、凪と直美はバックアップに戻り、ラストの曲目に入った。





 隊長は首を傾げた。

 「凪と直美さん、やけに笑いあってないか?」

 「楽しいからでしょう」

 「そうだと思うけど……、そうかなあ?」

 ステージの奏者二人は楽器ではなく相手を見つめていた。





エピローグ〜熱夢の終わり〜

【エピローグ1】


 仁はライブの終わりを見届けた。機動隊が保護した病院一階構成員と、牧田病院医療スタッフの方は本部に送られた。




機動隊は証拠を押さえているし、相手が相手なので火炎瓶や銃撃戦の心配もない。隊の半分は引き上げにかかる。




 不足の事態はアーチストの送迎車が遅れたことだ。先に追っかけ隊に帰ってもらうことになる。




彼女達は意中の人との別れを惜しんだが、凪が人数を絞っているのでそこそこ扱いやすくなっている。“竜神”メンバーのファンサービスも受けがよく、彼女達は護衛つきで引き上げて行った。





 病院制圧と有名人のライブが重なっては、ブルーフェニックス居残り班の昼食が3時になってしまうのは仕方がない。屋外の機動隊は病院敷地内でピクニックをするわけもなく、本部から昼食済みの人手を送られて人員が入れ替わった。




 こうなるとブルーフェニックスのトラックは“送る”“入れる”で手一杯になる。被害者を病院構成員と一緒にはしないし、“竜神”にサービスできる車もない。このため、被害者、協力者は奥内班が面倒を見ることになった。





 奥内班が人員を入れ替えると、被害者、協力者が戸惑う。このため奥内班は機動隊のトラックを借り、数名毎に別れて交替で食事をとった。




一番目はもちろん被害者と護衛。終わったメンバーから奥内に戻る。“竜神”メンバーはブルーフェニックスのように朝から病院につめているわけではないので昼食済である。




 奥内班全員が持ち場に戻った時だった。隊長が仁を探しに来た。ケータイより少し厚みのある機械を持っている。




 「長友と一緒に見つけた。ロビー中央のベンチの下にあったのだが、ケータイと違うみたいだ。爆発物の反応もない。敵の武器だと思うか?」




仁は声を上げていた。

 「サトシ達、こんな大事なもの忘れて」

 隊長はキョトンとした。仁がサトシの名を出した途端、小型機を両手で持つようになった。

 「何だこれは」



 大柄な彼が機械をサトシの玉手箱と考えたのがわかって少し微笑ましい。仁は説明した。



 「シーケンサーと言います。コンピューターの楽器ですよ。最近軽量化が進んでいますが、ケータイよりずっとデリケートです」

 「壊れ物か」




 隊長が玉手箱を珍しそうにしげしげ見つめる。その姿もどこかファンシー。愛くるしいオヤジ。

 「“竜神”に届けよう。なるほど、これがシーケンサー。なるほどこれが。うんうん」

 



 彼が機械をくるりと裏返すと名前が書いてある。“ミカドナギ”。隊長と仁は目を見合わせた。

 「まあ持ち主がもってれば」

 「安全ですね」





 凪はレントゲン室の前のベンチで直美と並んで座っていた。同僚に“一番仲良くなったのだから”と彼女を任されている。



特に会話はないのに、やけに楽しい。二人で目があうたびに笑いがこぼれ、喉が鳴ってしまう。彼女が彼の手をきゅっと握った。





 仁はレントゲン室前に凪を見つけて目をむいた。凪が直美と深いキスの真っ最中。仁は走って行って凪の襟首を引っ張った。

 「凪、仕事中だ」

 「おれ仕事やめる」

 凪は男に振りまかなくていい、フェロモン満載の艶っぽい声を返して来た。無論、仁など見ていない。




 「全てを捨てるな」

 「愛は正しい」

 「火の玉か」

 「実はそう」

 「ええい、ああ言えばこう言う!」




 仁は直美から凪をひっぺがえした。離れた男女はいかにも残念そうに見つめ合っている。直美なんぞは指をくわえて凪に熱視線を送っていた。




仁は凪を叱りつけた。

 「あんなに息ぴったりだったら盛り上がっちゃうのわかるけどなあ、被害者に手を出すな!」

 「わかったよ」

 凪は口を尖らせた。





 仁は凪を連れて隊長のもとに戻った。凪はシーケンサーを返却され、ポケットにおさめる。




隊長の小言。

 「小さいからいいが……、仕事中におもちゃはないだろ」

 「ADHDは特技のある人がいますから、映画音楽のデータ、ひととおり持ってきたんです」

 「今度はなくすな」

 「はい」

 隊長が凪をじーっと見た。

 「どうして襟元開くのやめたんだ?」

 「スースーしたからです」

 凪は今さらのように服装かっちりして、むっつりと答えた。

 



 仁はしばらくすると三番診察室前の柱と壁の隙間に凪が立っているの見つけた。

 「どうしてそんなじめじめした所にいるんだ」

 「ここがよかったからだ」




 仁はしばらくすると凪が三番診察室より更に奥にいるのを見つけた。突き当たりの採血室近くの壁際に、後ろ向きでしゃがんでいる。彼の脇に赤い消火器。明かりとりの窓から裏山が見える。わびしい。仁は彼に近づいてたずねた。





 「女食っちゃう勢いだった奴が、どうして壁と人生相談してるんだ」

 凪は振り返らないでぼそぼそと答えた。

 「直美さん過激すぎるよ。信じられないこと考えてる。全然ついていけない」




 仁はコメントを何通りか考えたが、ひとつに絞った。

 「お前、まさかとは思うけど、ステージ終わった後も演技してたのか?」

 「演技してたんじゃない。役に入ってただけだ」




 仁は頭が真っ白になった。脳裏でチーンと仏壇ゴングが鳴って、木魚とお経の熱いデスマッチが始まった。




 「凪さん、こんな所にいた」

 お経終わり。鈴の鳴るような声に、凪がピキッと固まる。直美がやって来た。

 「何してるんですか?」

 直美は凪の横にくっついてしゃがんだ。

 「週末空いていますか?」




 さらにぺたっとくっついて、凪の手をきゅっと握った。凪は顎が抜けるほど驚いて飛びすさる。

 「凪さん?」

 直美は立ち上がって凪を振り返った。




 凪は彼女に背を向け、脇目もふらず廊下を突っ走った。本人が持っていれば、と思われていたシーケンサーは彼の服の中でガタガタ揺さぶられ、全然無事じゃない。悲惨な愛器の運命やいかに。





 凪は正面玄関前に居合わせた隊長に顔面キャッチされて止まった。隊長の技が新手の真剣白羽取りみたいだ。仁は直美と一緒に凪を見送ると言った。




 「あいつに噛まれた被害届出すなら協力しますよ」

 「気持ち良かったから別にいい」

 「あっ、そうですか」

 仁は直美の平たい発言に胸を撫で下ろした。






エピローグ2〜吹雪の君〜

【エピローグ2】


 塔吉郎は病院玄関前でブルーフェニックスの送迎車を確認した。冬の日照時間は短い。暗くなるまで何分もかからないだろう。そして朝は枯れ草の上に繊細な氷の結晶がきらめくのだ。




 「直美さんお迎え着きました。“竜神”のみなさんはマネージャーさんがあと30分との連絡です」

 “竜神”メンバーがめいめいガッツポーズ。




塔吉郎はそばの直美を促した。彼女はブルーフェニックスの貸し出したノイズキャンセリングヘッドホンを外して、鞄の中のお守りにしている。そして何か考えている。

 「直美さん?」

 「15分ください!」

 彼女は塔吉郎を置いて“竜神”の方に駆け寄る。





 仁は一度院外に送り出した彼女が帰って来たので面食らった。彼女が楽器を肩にかけている。

 「直美さん、それ」

 「借りました」

 彼女はきりりと答えた。その足で凪の前に進み出る。




凪は動転している。

 「いや、あの、えっと、その」

 頼りないうわ言を発音している。その彼を、直美がじっと見つめる。

 「だから、えっと、ブクッ、ブクッ」

 こういうのをバブリングと言うらしい。

 「固まってますね。でもこれは好きでしょ?」




 直美はギターを弾き始めた。凪が刺激されてロボットのようにピキンピキン反応している。

 「凪、踊って!」

 「わあい!」

 凪は歓声をあげ、篭から放たれた野鳥のように踊り始めた。





ステージの後、“役に入ってしまった”つまり自分ではなかったと主張するが、翼を広げている凪は女性におどおどする凪より本物に見えた。




凪と直美は誰に見せるでもなく、楽しい時間を終えた。

 「いい汗かいたね!」

 「そうだね!」

 凪と直美はハツラツと笑顔をかわした。




彼女は言った。

 「私、ハローワーク行くんだ」

 「そうなの?」

 「ADHDにも仕事あるかもしれないね」

 「もちろんだよ。ギターも作詞もできるもんね!」

 「私を送り出して」

 「いいよ」

 凪と直美は握手をかわした。




仁は凛々しい直美が戦士のように見えた。直美の差し出した誓いの剣に凪が剣を重ねているようだ。送り出す凪はさっきまでの頼りなさはなく、剣のスピリットのような輝きを放っていた。




直美が凪にたずねる。

 「また会える?」

 「会えるよ」

 「それじゃあね。凪、ありがとう。大好き」

 「ありがとう、直美さん。応援してる。おれも大好き」

 直美は仁にも会釈をしてきびすをかえした。そして颯爽と病院を去っていった。





 ブルーフェニックス居残り組は“竜神”を病院から送り出したあと、医療部隊と護衛だけ残して本部に引き上げた。




すっかり暗い時刻だ。本部の周りは桜の木も植えてあるが、今の季節は冬に咲く“吹雪の君”が満開で、白い花が隊員を迎えた。




 仁は仲間と詰所に戻り、帰り支度中、言った。

 「凪、角の肉まん屋、今日特売だ」

 「やった」

 「一緒によってこう」

 「OK」




 二人で本部から出ようとして中庭前にさしかかった。“吹雪の君”の名所のひとつで、この時間は夜桜のようになる。その中に凪は何か見つけた。

 「ゴールデンレトリバーだ」

 「幸太郎じゃないか。こんな時間に」




 幸太郎はセラピー犬の調教師で、仁たちと同世代である。灰色とボルドーのコートを着こんで大型犬をつれていた。





仁は凪に続いて中庭に入った。

 「幸太郎、何してんだ」

 「凪と仁か。タケシは今日お手柄だったんだ。ご褒美に遊んでるんだよ」

 



凪が張り切る。

 「よっしゃ、おれも遊ぶ!」

 「凪、肉まん」

 「わあい、待て待て」

 仁が声をかけるも、凪は犬と走り回って聞いてない。




幸太郎が呼ぶとレトリバーが主のもとに帰る。凪はそこでも犬とじゃれあった。

 「ナオミ、こいつめ」

 「タケシだよ」

 「ナオミー」

 凪が幸太郎の抗議を聞かず、犬を愛でまくる。




仁はたずねた。

 「凪、幸せか」

 「うん、すごく」

 仁は凪の子供っぽさにぷっと吹いた。「じゃあまあいいか」やれやれと空を見上げる。





 ベールのような薄い雲が月を撫でてゆき、“吹雪の君”が花を散らしている。辺り一面に舞う花びらは、風景画の上に絵師が飛ばす純白の絵の具のしぶきのようだ。





 仁はしばらくして凪を見た。ボルドーが流行しているただ中で、パステルブルーのトップスを着こなす凪が浮世離れして妖狐のように見える。また女性とキスして後から驚いて飛んでゆきそうだ。




 仁は人間でないものに規律を守らせるのに、隊長も自分も苦労するだろうなと思った。でも悪い相手ではないし、互いに折り合いをつけるのも少し面白そうだ。

(終わり)






後書き

小学校の頃から小説っぽいもの書いてますが、読んだ人に「脚本? テンポいいね」と言われます。



小さい頃、アニメ絵コンテの影響を受け、更に家にビデオがなかったことから、アニメの音声をテープに録音して脚本とBGMを丸暗記していました。




少し大きくなると聴覚情報だけでなく、脚本をノートに写して視覚的にセリフの展開を学んだと思います。




脚本家になりたかったのではありません。単にオタクとして、ビデオの代わりを求めていたのです。繰り返し気がすむまでアニメ見つかったんです。




ええ、見たかったですよ。見られなくて死ぬかと思いました。私はアニメオタクですが、アニメ見られたこと、数える程しかないのです。




こういった事情から、私のファンタジーの書き始めは、そうしようと思ってるわけではないのに脚本形態から始まります。セリフで始まり、セリフで終わるやつ。




かといって脚本の正式な書き方を知るよしもなく、作品として完成させるために地の文を肉付けしてゆきます。




すると……書き忘れるんです。登場人物の年齢や見た目設定、舞台設定。一番恐いのは、キャラの“立った、座った、跳んだ”の動詞を書き忘れることです。




座ったキャラに立たせるのを忘れて、歩いてるキャラと並んで会話させ、ドッペルゲンガーみたいにしてしまったこととか、よくあります。最悪です。



ミスを見つける人はゲーム感覚で面白いかもしれませんが、指差して笑ってないで私に教えてください。





それからダイエットキャラ、新宿は「殺人デイケア」にも登場します。名字は新宿だけど、名前は統一してたか忘れました。後で調整します。





お読みいただき、ありがとうございました。

覚え書き

※こっちはアメブロコピーで覚え書き。作者用に取っておきます。


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注意:ブラックペッパーシリーズは通院記録を重視した日記であり、娯楽はなしです。ファンタジーもエッセイもありません。




自伝のひとつ。

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vol.31「ブラックペッパー②」


通院記録。17.06.21夏至。⑧~⑩までの三部に分かれました。⑨に柿本が登場します。

vol.68「ブラックペッパー⑧」

vol.71「ブラックペッパー⑨」

vol.72「ブラックペッパー⑩」





だいごなおみ先生については「山の王様②」の後書きで説明しています。

vol.165「山の王様①」

vol.166「山の王様②」





アメブロ連載当時のハーメルン

……主に福祉を扱い、武力を持ち、憲法に擁護されている。警察より上に位置する。