吹雪姫

1

 「呪いの山の五合目には棺があって、中に吹雪姫が眠っておるのじゃ。姫は百年前の成人式の日に魔女に呪いをかけられてしまった。

 吹雪姫が目覚めるのは、熱い愛情で幸せにしてくれる王子が現れた時だけだ。王子だけが姫の呪いを解く薬になるのだよ

 杉田三兄弟は祖母からそう聞かされて成人した。





 長男の一郎は適齢期を迎えるともう姫と結婚する気満々だった。

 「おれ、姫を幸せにする!」

 「簡単なもんじゃないよ」

 一郎は二郎が止めるのも聞かず重装備で出発した。




 呪いの山は雪山だった。登山の最中、冷たく激しい嵐に見舞われた。一郎はそれでも登った。

 「姫! 山の五合目で眠りについた姫! 成人式の日からフリーの彼女! つまり汚れてない! 超タイプ! 会ったら即チュー! この環境から暖め合う理由もある! 幸せにする! おれ色に染める! 待っててください姫!」




 一郎は雪山が晴れたある日の昼、五合目にたどり着いた。一面真っ白だが、これから二人の恋が山を燃やすのだ。一郎は雪の中に縦に置いてある棺を見つけ、蓋を吹っ飛ばした。



 「いざチュー! 助けに来ました!」

 中に眠っていたのは男子だった。女子が雄叫びをあげて追いかけそうな容姿をしている。残念なのは、額の正面に赤いボタンのついたはちまき、首に鉄の首輪をしている事だ。




 男子は目を開けた。

 「姫?」

 「姫です」

 会話が成立して、一郎はフリーズした。一郎が顔から大量発汗すると、鏡の様に姫も顔から大量発汗。何かしなくていい覚悟をしているようだ。




 長い間が開いた後、一郎はおもむろに棺の蓋を元に戻した。

 「よし、帰るか」

 すると石の棺が音を立てて粉砕した。吹雪姫の大絶叫。

 「幸せにしろよぉぉぉぉぉ!」

 「わぁぁぁぁぁ?!」

 一郎は全力で逃げた。





 吹雪姫は雪の中、獲物を追いかけた。

 「てめ、この! 男だからって元に戻すんじゃねーよ! 呪いを解くためだ。キスくらいしていけ!」

 「嫌だぁぁぁぁ!」

 「おれだってごめんだよ! 仕方ないじゃないか」

 「ごめんなさい!」

 「往生際の悪いやつだ。これでも食らえ!」




 吹雪姫は両手から衝撃波を繰り出した。

 「#%@*&↑強叫恐脅◎▲%$#@!?!」

 直撃を食らった一郎はよくわからない奇声を発して吹っ飛び、二度と起き上がらなかった。




 吹雪姫は一郎を見下ろして、自分の行いに気がついた。

 「しまった。幸せにしてもらう前に倒してしまったか」

 ピコーン、ピコーン

 はちまきのボタンが赤く明滅し、時間切れを告げている。近くには粉砕したはずの棺が完全な姿で待っている。吹雪姫は仕方なく棺の中に帰った。自分で蓋を閉め、また長い眠りについた。

 (続く)



2

 「呪いの山の五合目には吹雪姫が眠っていて、幸せにしてくれる王子を待っておるのじゃ」




 老紳士は深夜の店でカクテルをかたむけ、成人の杉田二郎に昔話を語った。二郎は祖母から同じ話を聞かされて育ったが、いまひとつピンとくるものがなかった。




 「おれ女性は間に合ってるから」

 「誰も姫を女性だとは言っておらんぞ」

 その時二郎は目覚めた。

 




 「そんな簡単なもんじゃないよ」

 「決めたんだ」

 二郎は三郎に言って呪いの山目指して出発した。




 雪山では、冷たく激しい嵐が彼を叩いた。それでも彼は立ち向かった。

 「男の子! 成人の男の子! 超タイプ! 成人式から一度も汚れてない清らかな彼! 会ったらチュー! この環境なら暖め合う理由も満載! 幸せにする! 待っててください姫!」

 二郎は他の兄弟とはちょっと毛色が違っていた。

 



 彼は山の五合目にたどり着いた。雪の中に縦に置いてある棺を見つけて蓋を吹っ飛ばす。中には美しい男子が眠っていて、次に瞳を開けた。

 「姫! 助けに来ました!」

 ぱん。

 二郎は姫が発砲した銃の前に倒れた。





 吹雪姫は、棺の前にうつ伏せに転がる二郎を見下ろした。

 ピコーン、ピコーン。

 額に巻いたはちまきのボタンが赤く明滅し、時間切れを告げている。姫はおもむろに棺の蓋を拾って棺の中にかくれた。そしてまた長い眠りの時間がやってきた。

 (続く)



3

 杉田家の末っ子、三郎が山を登る時が来た。冷たく激しい風が彼を叩いた。それでも彼は立ち向かった。

 「成人式の日からフリーの彼女! 汚れてない! 超タイプ! 姫、私が今参ります!」

 三兄弟揃ってバカと言われている。





 三郎は山の五合目で棺を見つけ、蓋を吹っ飛ばした。

 「いざチュー!  姫、助けに来ました!」

 棺の中には小悪魔的に容姿の整った男子が眠っていた。残念なのは、額の正面に赤いボタンのついたはちまきと、鉄の首輪をしていること。




 男子は瞳を開けた。

 「姫?」

 「姫です」

 会話成立。三郎がフリーズして顔面から大量発汗すると、姫も何か顔から発汗している。しなくていい覚悟をしているようだ。




 三郎はおもむろに蓋を閉めた。

 「じゃ、帰るか」

 すると棺が炸裂した。吹雪姫の大絶叫。

 「幸せにしろよぉぉぉぉぉぉ!!」

 「わぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 三郎は全力で逃げた。





 吹雪姫が追ってくる。

 「てめ、この! キスくらいしていけ! おれだってそっちの趣味はねーよ!」

 「落ち着け!」

 三郎は振り返って力一杯ツッコんだ。

 「王子にキスされることと、幸せになることがお前の中でイコールになってないじゃないか」

 「幸せにならないといけないんだ!」

 姫は全然聞いてないで、雪を蹴散らし髪を振り乱し、がむしゃらに走ってくる。駄々っ子のようで果てしなく面倒くさい。

 



 「自分を大事にしろ!」

 「ガタガタ言わずにキスしろったら」

 「落ち着けって言ってるだろ! これでも食らえ!!」

 三郎は両手から衝撃派を繰り出した。

 「#$%^&@**!%?脅恐叫強???」




 直撃を受けた吹雪姫は変な奇声を発して吹っ飛んだ。流れ衝撃波に巻き込まれた山の五合目から上も飛んでなくなり、五合目が頂上になってしまった。

 



 吹雪姫がずるむけの山肌にうつ伏せに転がる。三郎はそれを見下ろして自分の行いに気がついた。

 「しまった。落ち着かせるつもりが倒してしまったか」

 吹雪姫はよろよろと起き上がった。

 ピコーン、ピコーン。

 額のはちまきのボタンが赤く明滅している。




 近くに粉砕したはずの魔法の棺が現れた。呪いが溶けなければ、いつまでも帰ってくるのかもしれない。





 姫はスゴスゴと中に入って蓋を閉めようとした。三郎は歩み寄って姫の手をつかんだ。

 「待て、ふて寝するな」

 「おれなんか誰も幸せにしてくれないんだ」




 三郎は唸った。

 「うーん、人がしてくれないこと数えていたらいつまで経っても幸せになれないんだが……、何年も閉じ込められていたお前にはまだ言うまい。お前の不幸は何なんだ」

 「孤独」

 「じゃあ友達になるよ」




 その時、棺と蓋、姫の首輪が一度に砕け、はちまきもほどけた。頭の吹っ飛んだ呪いの山は雪も氷もなくなり、春の植物に覆われ始めた。桃色の花がぽんぽん咲く。





 三郎は姫の手を引いた。

 「じゃあ、山降りるぞ」

 「何だよ。気安くさわんなよ」

 「かわい娘ちゃん紹介してやるよ」

 「約束なんだからなっ」

 吹雪姫は“かわい娘ちゃん”であっさり釣れたのだった。

 (終わり)