どのような賢人も

私は被害者

(状況説明、目的の設定)


作者が書き忘れやすい情報。

季節、天気、時間、場所

キャラ容姿、服装、立つ座る跳ぶ

カラーリング(色彩設定)



「騙されたよ!」

「あーっ!ごめんなさい!」

ブルーフェニックス本部、第三部隊詰め所の朝。窓からは秋の花が美しさを競っているのが見える。若手20代隊員、仁は、同世代の凪がゴミ箱を振りかざして走ってくるのを見た。




「手がすべりましたあ!」

仁に『騙された』被害者男性隊員、体格のいい中年、林田が、一瞬でゴミ箱をかぶる事になる。



すかさず凪が林田の胴を回し蹴り。「ごめんなさい、足も滑りました!」

林田は、頭からゴミ箱を取っりはらって、叫ぶ。

「覚えてろよ!」

そして形勢不利を判断したのか、詰め所から逃げ出した。



凪が、パンパンと両手をはらって見送った。

相変わらず細身長身、小悪魔的容赦。友の会と戦っている時は白蛇か毒婦の様に妖艶になるが、それ以外の時は、大型猫のワガママ赤ちゃんでしかない。多才なため、ブルーフェニックス、芸術部隊にも籍を持つ。



「全く、他部隊は油断も隙もないな」

「別にいいのに」

仁はどうってことない。片手の煎餅をポリポリと味わい、大袈裟だなと思っていた。



凪が呆れた様子で言った。

「お前もちった怒れ」

「慣れた」

凪は両手を腰にあて、大仰なため息をつく。

「それで?セルフカウンセリングできるのか」

「出来る」

「ならいいけどさ」

凪は言ってプイとそっぽを向くと、さっさと詰め所から出ていった。勤務態度が悪くてよく隊長に怒られている。

見送って仁は呟いた。

「やっぱり猫みたい」



後ろから、やはり同世代同僚の声がした。

「災難だったね。みんなで片付けよ」

友達思いの袴田マナ。仁は彼女に尋ねた。

「凪は」

マナが肩をすくめる。

「逃げちゃった」

「おいおい」



マナを筆頭に、第三部隊のみんなでゴミの後片付け。

「仁、気にすんなよ」

「ありがとう」

仲間の声が嬉しい。仁は笑った。



その時、パソコンの前のオペレーターが叫ぶ。「通報です」

巨体の壮年、雨風隊長がすぐ反応した。

「所在地と被害者」

「有田区丸ヶ峰、真中由美」

「全員持ち場につけ」


仁の所属するブルーフェニックスは、武装福祉組織。マイナス憲法第5条にのっとり、国家権力に対抗できる力を有する。


私は音楽家

(第一の障害)



「結城さん、この間はありがとう」

「喜んでいただけて嬉しいです」

「本当に無料で良かったんですか」

「ええ、私は音楽家ですから」

俊彦は音楽家だが、カウンセリングスキルを持つ。最近知り合ったアニメ監督、安田に礼を言われ、俊彦は全ての学び、縁と巡り合せに感謝した。



作曲には自宅のピアノを使っている。最近はタブレットで譜面が書ける様になり、便利な時代になった、と感心していた。



(メディア関係者の視点)

メディア関係者の間でも、結城は人気があった。

「なんか、あの人と仕事すると、癒やされるんだよなあ」

「また一緒に仕事できたらいいよなあ」

「こんな企画どうだ?結城さんに参加してもらえないかな?」

「いいじゃん、それ!」


(俊彦の視点)

俊彦はある日を境に、体格のいい、警官かスポーツ経験者にしか見えない男たちにつけまわされるようになった。

(探偵だよな)

俊彦は芸能人の一人だ。つけまわされるくらい慣れていた。身の安全のため、所属事務所には相談しておいた。


探偵はすぐいなくなったが、次に大量のストーカーが町に溢れ、俊彦に嫌がらせをしてくる様になる。



俊彦はネット検索し“ガスライティング”“コリジョンキャンペーン”という言葉にたどりついた。



この時点で“助からない”と絶望し、自殺する被害者もいる。しかし、俊彦はそんなやわではなかった。



snsで、コリジョンキャンペーンをネタにした小説を公開。彼は人気者になる。



メディア関係者が彼を絶賛した。

「結城さん、これもなかなか面白いよ」

以前縁のあった安田が持ちかけてくる。

「結城さん、アニメ化しませんか?」

俊彦はありがたい話に礼を言った。

「よろしくおねがいします」

音楽家結城俊彦、作家デビュー。


しかし、政府側の圧力でアニメは打ち切りとなった。

安田は俊彦に詫びた。

「すみません。私の力不足でした」

「あなたのせいではありません。私は圧力がかかることを知っていました。アニメ化してくださったこと、感謝します」


(メディア関係者の視点)

アニメ仲間が結城の話題をネタに飲み会。

「いい人だね」

「また一緒に仕事したいなあ」

「こんな企画どう?結城さん、参加してくれないかな?」

「いいじゃん、それ!」

結城の人気は衰えず。



友の会、有田区支部。幹部達の会合。

「ふん、コリジョンを芸術化か。考えたな」

「しかしどのような賢人も、我々には勝てない」

「必ず孤立させる」


俊彦を襲うコリジョンキャンペーンはなくなった。しかし、代わりに自宅での電磁波攻撃が始まる。これでは小説化は難しい。



俊彦は、無理矢理電磁波攻撃を小説化し、snsで発表したが、リアリティのないファンタジー作品になってしまい、人気はあったが、アニメ化、ドラマ化の話は来なかった。



俊彦はカウンセラーでもある。電磁波攻撃でどんなに夜眠れなくなっても、セルフカウンセリングさえ出来れば生きて行けた。



しかし、セルフカウンセリングの間だけ、睡魔に襲われるようになった。電磁波攻撃だ。俊彦は他の可能性も考えて内科、精神科を受診したが、昼間眠くなり夜覚醒するのは鬱と解釈されて、有効な解決策にならなかった。


「私は鬱ではない、攻撃されてるんだ」

「結城さん、休んだ方がいい。今まで頑張り過ぎたんだよ」

誰も信じない。



俊彦はカウンセリングを集団ストーカーに奪われ、音楽制作に励むようになる。

「大丈夫だ。私には音楽がある」

仕事中も電磁波攻撃を受け、睡魔に耐えられなくなり始めた。

「私から音楽を奪わないでくれ」




血圧計を買った。

数値の見方については、少々の専門知識が必要だ。しかし、素人が血圧計を買って細かいことを医療関係者に聞いても、彼らは素人の健康オタク化を嫌う。まともに相手にしてもらえない。



無知識で証拠を出すしかないのだ。俊彦は既に孤立を始めていた。



看護師に相談。

「セルフカウンセリング中と、仕事中、血圧の上が90なんです」

「それは、もとからそういう人だってことです」

「眠くなるんです」

「鬱と聞いていますよ。無理に仕事なさるからお辛いのでは?」



俊彦はスマホ検索をしている時に、スマートウォッチというものの存在を知る。腕につけるだけで、血圧、血中酸素濃度、体温、呼吸数、心拍が測れる。彼はそれを購入して、起きてる時も寝る時もつけるようになった。



「カウンセリング中と、仕事している時と食後だけ、心拍が上がります」

内科主治医が感心する。

「へーっ、スマートウォッチってそんなのわかるんですか!結城さん、心拍が上がるってことは、血圧が下がっているんです」

ここに至って、俊彦は初めて、電磁波攻撃が血圧を下げるものだと知る。



俊彦は看護師に訴えた。

「食後に血圧が下がるんです」

「それは、医学の世界でありえません」

「ありえない事が起こっているんです。電磁波攻撃です」

「落ち着いて。スマートウォッチは医療機器ではないのです。たまたまそういうデータになってしまったのでしょう」

そして俊彦は完全に孤立した。



仕事が出来なくなったら、彼には何も残らない。絶望して数年経った。彼は食べる以外の楽しみを失い、醜くぶくぶくと太った。



糖尿病になり、痩せようとしたが電磁波攻撃で昼間眠くなり、夜覚醒するのだ。夜眠れなければ、人間は太るようになっている。

俊彦は失明した。



彼はその後、包丁で喉を突いて自殺した。



私はインストラクター

(第二の障害)



ユーチューバーでスポーツインストラクターの七瀬明里は、カウンセリングスキルを持つ。


インストラクター仲間の間では、よく彼女が話題になった。

「なんかあの人と仕事すると、癒やされるんだよなあ」

「また一緒に仕事できたらいいよなあ」

「こんな企画どうだ?明里さんに参加してもらえないかな?」

「いいじゃん、それ!」



明里はある日を境に、体格のいい、警官かスポーツ経験者にしか見えない男たちにつけまわされるようになった。

(探偵だよね)

明里はユーチューバーだ。つけまわされるくらい慣れていた。身の安全のため、周囲には相談しておいた。


探偵はすぐいなくなったが、次に大量のストーカーが町に溢れ、明里に嫌がらせをしてくる様になる。



明里はネット検索し“ガスライティング”“コリジョンキャンペーン”という言葉にたどりついた。



明里はやわではない。snsで、コリジョンキャンペーンをネタにした小説を公開。彼女は人気者になる。話はメディア関係者に広がり、作品はとうとうアニメ化した。



しかし、政府側の圧力でアニメは打ち切りとなった。しかし、明里の人気は衰えず。



友の会有田区支部。幹部達の会合。

「しかしどのような賢人も、我々には勝てない」

「必ず孤立させる」



明里を襲うコリジョンキャンペーンはなくなった。しかし、代わりに自宅での電磁波攻撃が始まる。これでは小説化は難しい。



彼女は無理矢理電磁波攻撃を小説化し、snsで発表した。人気はあったが、アニメ化、ドラマ化の話は来なかった。



明里はカウンセラーの顔も持っている。電磁波攻撃でどんなに夜眠れなくなっても、セルフカウンセリングさえ出来れば生きて行けた。


しかし、セルフカウンセリングの間だけ、眠気に襲われるようになった。電磁波攻撃だ。他の可能性も考えて内科、精神科を受診した。


「私は鬱ではありません、攻撃されてるんです」

「明里さん、休んだ方がいい。今まで頑張り過ぎたんだよ」

誰も信じない。



明里はカウンセリングを集団ストーカーに奪われ、スポーツの仕事に励むようになる。

「大丈夫。私にはエクササイズがある」

仕事中も、電磁波攻撃を受け、睡魔に耐えられなくなり始めた。

「私からエクササイズを奪わないで」




血圧計を買った。

明里は素人ではない。

自分の通常時、血圧は上が110〜130

眠くてたまらない時は上が90代、



明里は看護師に相談した。

「セルフカウンセリング中と、仕事中、食後、血圧の上が90なんです」

「それは、もとからそういう人だってことです」

「いいえ、私は普段、110〜130です」

「鬱と聞いていますよ。体調不良で数値が変わったのです。無理に仕事なさるからでは?」

明里は孤立を始めた。



明里はスマートウォッチも買う羽目になった。

これで食後と仕事中、カウンセリング中、血圧が下がる証拠が取れる。



明里は主治医や看護師に訴えた。

「食後に血圧が下がるんです」

「それは、医学の世界でありえません」

「ありえない事が起こっているんです。電磁波攻撃です」

「落ち着いて。スマートウォッチは医療機器ではないのです。たまたまそういうデータになってしまったのでしょう」

そして明里は完全に孤立した。



仕事が出来なくなったら、彼女には何も残らない。絶望して数ヶ月立った。


明里はネガティブシンキングがら逃れる術を失い、集団ストーカーを恨むようになっていた。


昼間眠くなり、夜覚醒する日が二年続いた。明里は既にユーチューブを続けられなくなってやめていた。


夜眠れなければ、どのような賢人も太るようになっている。食べる以外の喜びが無くなり、彼女は醜くぶくぶくと太った。



彼女は隣人工作員の嫌がらせから、我が身を守ろうとして、自宅の庭で包丁を振りかざし、工作員を威嚇した。憎しみで以前の自分ではなくなっていた。



工作員主婦は明里の被害者として警察に通報し、明里は警察につかまった。

彼女は、メディアで大々的に取り上げられた。

『もとユーチューバーの、恐ろしい隣人被害』

明里は刑事施設で自殺に成功した。



友の会有田区支部、代表、高知明人は40代。残忍ないいじめ技術に定評があり、その容姿から、女性会員に人気がある。

「よし、ヌード女優の一丁あがり。これで盗撮画像をいくら海外で売っても裁判にならない。死人に口無しだ。本人が悪い人っているのさ」


人権の認められた現代、素材の良かったターゲットが、醜くぶくぶく太って、落ちぶれてゆく監視映像は、手に入りにくいものとなっている。



友の会は、ターゲットに統合失調工作を仕掛け、人権を奪い、監視映像とターゲットのプライバシーを売って財源にしている。



海外の戦地、科学者、心理学者、変質者側からの需要ならいくらでもあるのだ。友の会は別名、死の商人の会と呼ばれている。




私は犯人

(状況の調整)



「私から瞑想を奪わないで」

由美は聖職の仕事をしている。

集団ストーカーの被害に遭い、他人のカウンセリングは出来るが、セルフカウンセリングと瞑想、そして神への祈りはは出来なくなっていた。



電磁波攻撃で、昼間眠くなり、夜覚醒させられる日が二年続いている。身体の中が憎しみで真っ黒になるのは時間の問題だった。



(英治の視点)

同時期、探偵の仕事をしている神室英治は、数年前の、結城俊彦と七瀬明里の死が不自然な事に感づいていた。

「金銭トラブルなし、セルフカウンセリング能力のある人間の自殺はありえない。何か裏があるはずだ」

英治は調べはじめる。

「二人とも同じ物語を書いて、アニメ化、打ち切り……。全く同じ……そうか、わかったぞ!犯人はお前だ!」

「オレ?!」


(凪の視点に移動)

非番だった凪は、自宅近くでストロベリーソフトクリームを食べ歩いていたが、見知らぬ他人に突然指をさされ、驚愕する。

「オレ、犯人だったの?」

「そうだ!顔が怪しい」

「顔?」

「子供じみた食べ歩き行為、ダメージジーンズ、だらしない服、だらしない顔! 間違いなく、犯人だ!」

「それ推理じゃなくて、気に食わなかっただけでしょ?!」

「違うな!オレは探偵だぞ。何でもわかる」

「知らなかった……」



翌日、凪はしましまの囚人服でブルーフェニックスに出勤した。

「犯人だったらしいんだ」

「コスプレすりゃ贖罪になると思ってるお前、おかしーぞ」

同僚の牧田にツッコまれる。


翌日、凪は囚人服で警察に自首しに行った。

「犯人だったらしいんです」



(警察の視点に移動)

警察内部の友の会工作員の間で物議になる。

「おい、ブルーフェニックスが自首してきた」

「カモだ」

「カモでしかない」

「とりあえずぶちこもう」

御門は裁判で有罪になり、刑務所に入った。

懲役50年。


「参りました」

「わかればいいんだよ」

しかし、御門は刑務所内で子供力を発揮。看守たちの弱みを握り、自由奔放に振る舞うようになる。



(護の視点)

護は刑務所で看守の仕事をしている。彼は今、ミッションの真っ只中にいた。


昼休みに使命を果たし、鉄格子の間の廊下をひた走る。負けるわけにはいかなかった。今、血戦の時!


203号室の前で止まる。ありふれた牢の中にありふれた囚人たち。しかし、今日は違っていた。


囚人の中のリーダー格が鉄格子まで進み出て、護に言った。

「ブツは持ってきたんだろうな」

「これで最後だぞ」

「いいから出しな」

リーダー格は、護が差し出したものを、乱暴に取り上げた。悪魔より凶悪な笑みを浮かべていた。彼は御門凪。護から強奪したのは、町田屋のメロンパン。




(凪の視点)

武装集団が刑務所内に突入してきた。その中で、巨体の壮年が一喝する。

「助けに来たぞ!」

凪は203号室の中から鉄格子を両手で掴み、声を張り上げた。

「隊長!信じてました!」

「馬鹿もん! お前にいじめられている看守達を助けに来たんだ。被害届、ブルーフェニックスに来たんだよ!」

「ええ〜?」

凪は自分のための救出劇が始まると期待して、当てが外れた。それより雨風隊長がブチ切れててコワい。隊に帰りたくない。




凪がよく見ると、看守達がブルーフェニックスの女性隊員たちに泣きついてる。

「うえ〜ん、いじめられたよう」

「いじめられたよう」

女性隊員達が、被害者看守たちの頭を撫でてヨシヨシ。「痛いの痛いの飛んでけ」をやっている女性隊員もいる。




凪が口を尖らせる。

「あと50年君臨しようと思ったのに」

「ええい、休みは終わりだ。働け!」

「はい」

凪は今度は何の反省文を書かされるんだと、げんなりした。


(仁の視点に移動)

仁は第三部隊の仲間と一緒に刑務所まで凪を迎えに行って、隊のトラックで本部に戻った。隊長に凪のお守りを命じられ、仕方なく更衣室につれてゆく。



更衣室の中。凪は仁の前でさっさと隊服に着替え始めた。仁は空いたロッカーに背をもたせ、腕組みして待機。

「お前、隊長来なかったら、どうする策を練っていたんだ」

「特に何も考えてない」

「お前、仲間がいないとコスプレと加害者いじめ以外、何も出来ないキリギリスだろ」

「実はそう」

馬鹿と天才は紙一重。



社会の真実

(第三の障害)



由美は孤立を恐れ、被害者の会に入った。

彼らのミーティングに新人として参加する。




集団ストーカー被害者の会、代表は40代の男性。彼は言った。

「では、新人さんに自己紹介していただきます」



由美は自己紹介した後、代表でなくメンバー達から被害を根掘り葉掘り聞かれた。



代表が司会進行。

「次は大西さん、お願いします」

二人目の新人、20代女性、大西は被害を説明した。



年輩メンバーの一人が尋ねる。

「それで、おうちの方はどうしてるの?」

大西は言いにくそうだったが、小さな声で答えた。

「うちは昔から児童虐待みたいな感じで、私を悪人にするんです」

すると年輩数名がキレる。

「親関係無いよ!」

「あなたみたいな人がいるから!」



『知りたい』と言って根掘り葉掘りしたメンバーが、もらった情報で回答者を裁判。由美は不愉快になった。

(これって、いいの……?)



カウンセリングをすれば、いじめ加害者の言う『あなたみたいな人』が、彼らの両親や昔の支配者だったという、単純な事がわかる。

年輩メンバー達は、大西を自分たちの親の代わりにして制裁した、醜い加害者だ。



由美は、ミーティングの終了直後、大西を追いかけた。

「何ですか」

大西はビクビクしていた。



今日のために慣れない化粧をしたようだが、ファンデーションが多すぎて粉を吹いている。



アダルトチルドレンは遅咲きが多い。まともな養育も受けていないのがわかる。責める必要はない。



「あなたに向いた、カウンセリングの先生知ってるから……」

由美は大西に情報だけ伝えて被害者の会を後にした。

大西は傷ついている。自分を信じてくれたか、わからなかった。




由実は別の被害者の会を訪れた。男性幹部の一人は、被害に遭いながら働いているらしかった。無職に追い込まれた仲間達に「でも働いてないでしょ?」と言って差別する様子。



被害者の会には無数の工作員が紛れて、仲間同士の結束を妨害している。内部の仲間差別、いじめなんて日常茶飯事だ。

(こんな会に入るの……?)

由実は被害者の会を退会した。そして孤立する。



血圧計を買おうが、スマートウォッチを買おうが、証拠をあげようが、周囲は由美を信じなかった。憐れむだけ。



社会が被害者に求めるのは、一般的に証拠だ。しかしそれは味方のポーズに過ぎず、実際、証拠なんて何の役にも立たないのである。



社会の真実は『対処したくない』。これは、DVにも、児童虐待にも言えることである。



最初の天使

(最初の解決)


由美に向かって女性看護師は言った。

「それは医学の世界でありえません。スマートウォッチは、医療機器ではないのです。正確なことはわかりません」



ある夜の事だった。インターホンが鳴る。

自宅にいた由美は、ドアごしにたずねた。

「どちらさまですか」

「ドラゴンTVの舵と申します」

「TV局……?」



由美はドアを開ける。マイクを持った年齢不詳の美魔女と、カメラマンらしいバッグを下げた、細身長身、小悪魔的な容姿の青年が立っていた。

「どのようなご要件でしょう」



美魔女は話した。

「“盗撮盗聴Gメン24時”という特集をやっております。付近で発見器を起動したのですが、おたくが被害に遭っているのがわかったのです」




由美は棚から降ってきた幸運にびっくりした。

「本当?何処にあるんですか?」

「お邪魔していいですか」

「はい」



カメラマンは、しばらく発見器を操作していた。舵とやり取り。舵が由美に説明。

「これとこれと、この家電に付け捨てのカメラ、冷蔵庫にもカメラ、集団ストーカー被害者の方ですね。これらはどこで購入されましたか」

「コメゾン……、冷蔵庫は電気屋の真島です」

「では、そちらが汚染されていますね。御門君、今すぐ証拠ををsns公開して」

「了解」

御門と呼ばれたカメラマンが、タブレットを鞄から取り出して操作している。




由美は首をかしげた。

「sns?TVになさらないのですか?」

舵は答えた。

「集団ストーカー被害は政府の圧力がかかるのでTV向きではないのです」

「そうなんですか」

御門が絨毯を踵で示した。

「あと、床……、コンクリートマイク入っていますよ」

「それって、何」

「分厚い壁越しの音を拾える物です。小さい音ほど、はっきり聞こえますよ」

由美は彼に頼んだ。「取ってください」

「残念ですが、隣人宅を捜索しなければ出せません。でも対策はありますよ」

御門は鞄を探り、聴診器の平べったいところが独立したような品物を出した。

「それは?」

「Gメンで使ってる、コンクリートマイク封じです。これを床に貼り付けてゆきましょう」



由美は御門の上司らしい、舵に尋ねた。

「有料ですか?」

「いいえ、うちのTVが面白くなるので、お金はいりません」



由美は安堵して言った。

「とりあえず、警察に被害届を」

「いけません」



舵にさえぎられ、由美は不思議に思った。

「どうして」

「警察は集団ストーカーに汚染されています。被害者が一人で行くのは危ない所です」

「そんな、じゃあ孤立しか無いのですか?」



舵は由美を安心させるように、冷静に、しかし優しく言った。

「ブルーフェニックスを紹介します。警察に対抗できる武装福祉組織です。こちらが連絡先」

舵はメモを由美に渡した。

「コンクリートマイク封じが上手くいかなかったら、連絡してください」

「ありがとう」



作業を終えて御門が挨拶した。

「では、私達はこれで」

ドラゴンTVは去って行った。



♫私の小指を噛みちぎって噛みちぎって

気に食わなかったらいつでもぶん殴って

あなたの口づけで私は目覚めた

初日の鮮血が扉を開いた

水の中で一つになれたわね

私は私はあなたのお嫁さん

気に食わなかったら

いつでもぶん殴ってぶん殴って

あなたのしつけで私は薔薇になる♫



友の会、有田区丸ヶ峰支部コンピュータールーム。明人はブチ切れた。

「何だ、この時代錯誤演歌は!」

「これしか聞こえないんです」

操作部部下の困惑した返答に、明人はイラついた。

「心音は」

「演歌が邪魔して拾えません」

「ターゲットの臓器の位置を特定出来ないので、攻撃は何も……」

「くそう!」

明人は近くの椅子を蹴飛ばした。



ブルーフェニックス成浜本部。こちらもコンピュータールーム。第三部隊、隊長の塔吉郎は、操作部部下の後ろから液晶を眺め、顔をしかめた。

「いつの演歌だよ」

「今です」

「あるわけ無いだろ。こんな時代錯誤」

「凪がシャレで作ったらしくて」

「あの馬鹿」

「仲良くなったプロ演歌歌手が歌っているんだそうですよ」


 ♫気に食わなかったら

いつでもぶん殴ってぶん殴って

あなたのしつけで私は薔薇になる♫


「脂っこいな、これ」

塔吉郎は感想を言った。部下が続く。

「女性の歌なのに、オヤジしか連想できませんね」

「昔の演歌の露骨にエロい所まで、正確にコピーしてますよ」

塔吉郎は尋ねた。

「タイトルは?」

「男の恥」

第三部隊の男性陣が全員しょんぼりと肩を落とした。



(由美の視点)

由美は楽になって健康を取り戻した。電磁波攻撃を諦めた集団ストーカーは、コリジョンキャンペーンを再会して彼女を攻撃した。彼女はめげずにsnsでコリジョンをネタにした小説を発表。



すると、ある日を境に記憶が無くなり、気がついたら浜田公立大学病院の閉鎖病棟の中にいた。ベッドに寝かされ、全身拘束具だらけ。彼女がブルーフェニックスの名を思い出した時だった。



ドン、ドン、ドン!

ガシャーン!

発砲音とガラスの割れる音。



窓から青い制服姿の誰か飛び込んで来た。

「侵入者!」

由美のそばにいた男性ナースは叫んだが、侵入者の上段蹴りを食らって床に沈黙していた。


「由美さん、無事ですか」

「誰」

「ブルーフェニックス隊員、若鷺仁」

若鷺は由美と同世代。細身長身、絵画の中の天使か、若い聖職者のように透き通った肌をしていた。




彼の後から同じ制服の隊員達が大量に突入してきた。屋内で病院本体と、その構成員にインク弾を発砲。



若鷺は彼女の拘束具を、持っていた武具で外した。彼女がベッドから脱出し立ち上がると、彼は優しく笑った。

「もう証拠は取る必要はありません。浜田公大は、ブルーフェニックスが抑えます」



若鷺の仲間たちは、建物と逃げ惑う工作員をひとり残らず蛍光水色にした。



終わると由美の護衛をしていた仁が言った。

「しばらく本部で静養してください。昼夜逆転してて苦しいでしょう。あなたの体内時計が治るまで、医療部隊がサポートします」



(凪の視点に移動)

病院外部で仕事をしていた凪は、事後、少ない仲間と一緒に、突入口に入った。水色になった閉鎖病棟の中で、当たりを見回す。

「由美さんはどこ?」

先に突入していたマナが、指さして答えた。

「あっち」

凪がそちらを見ると、仁と由美が対峙して睨みあっている。二人の周りでカメラがぐるりと回りそう。



次に二人がじりじりと間合いをつめ、互いの両手をがっきと組み合った。



更に接近する二人。

「同類ですね」

「同類ですね」

最後に打ち解けたようだった。



「あー……」

凪は全てを理解した。仲間たちが凪に続く。

「仁はストレスたまってるから」

「聖職者と釣り合うの、聖職者しかいないんだよな」



仁と由美は相変わらず両手を組み合い、キラキラ潤んだ瞳で見つめあってる。何の言葉も交わさず、互いに聖職者と理解したらしかった。


仁は聖職者ではないが、どこへ行っても聖職者の役をふられる苦労人である。



仁と由美は納得して両手を離した様子。仁はすぐ後片付けの仕事に入っていたが、凪はその場所を気にした。

「おい仁、そこ地盤、危ないから」

「えっ、そう?」

仁は振り返った瞬間、下階に転落していた。

(地盤がゆるくなってる伏線追加)



凪は由美と一緒に崩落現場を見下ろした。粉塵で下が見えない。

「仕方ないなー」

「若鷺さーん」

由美が呼ぶ。

凪はウエストバッグからロープを出した。

「おれが行くよ」

下に降りる。粉塵の中、辺を見回す。

「あれ?」



凪は崩落現場から、元の上階に上がった。手ぶらの彼に、隊長が尋ねる。

「仁は?」

凪は首を横に振った。隊長も先刻の凪のように、首を傾げることになる。

「あれ?」


精神科明星病院1

クライマックス1



仁は気がつくと、病院のベッドに横になっていた。周囲のナースに尋ねる。

「僕、どうしてここに居るんですか」

「うん、ちょっとね」

「主治医に会えますか」

「では、診察の予約を取りましょう」

仁は病衣だった。勤務時の全ての装備が外されている。



診察の日になった。仁は30代後半の、男性主治医にかけあった。

「退院させて下さい」

「もう少しかな」 

丸顔坊っちゃん風の主治医は、涼しそうに答えた。



仁が畳み掛ける。

「僕はどうしてここにいるんですか?」

「うん、ちょっとね」

ナースもやっていたが、患者を不安に陥れる回答だ。



「僕は何処から来ましたか?受診した覚えがありません」

「少し記憶障害があるみたいだね」

「病名はなんですか」

「統合失調症」

「どうしてそう判断したのですか」

「浜田公大の判断したことだから」

浜田公立大学病院。先日水色に染め上げたばかりだが、まだそのまま運営してるらしい。仁はそこから転院してきたことになっていた。



「カルテには何と書かれていますか」

「飛び降りがあったって」

「僕はやってない」

「記憶が飛ぶ時があるんだ」

「目撃者を出してください」

「目撃者は人権があるから、拒否ができるんだ」

「退院させてください」

「もうちょっとしたらね」




数日後、仁は喉に違和感を感じたので、看護師に相談した。

「では、レントゲンを取ってみましょう」



結果を見て、仁が目を見張った。

「頸椎前方固定……!」

患者に無断で手術がなされている。



仁は主治医に問い合わせた。

「僕は聞いていません」

「浜田公大が家族に伝えているよ。君は事故当時、意識が無かったんだ」

「どこから飛び降りたんですか」

「マンション5階」

「死んでるじゃないですか」

「結構生きてるもんですよ」

「カルテを見せてくれますか」

「いいですよ」



仁はカルテを見た。マンション5階から錯乱して飛び降りたと書いてある。

「僕は誰と暮らしていましたか」

「一人暮らしだったよ」

「では、錯乱したのを見たのは誰ですか?一階からでは五階の錯乱は確認しにくいですよ」

「さあ、浜田公大が書いたことだから、もうわからないね」

(逃げた)

仁は直感した。



「とにかく、手術の話聞いてません。人権侵害です」

「落ち着いて。お薬を出しましょう」



医者と看護師は、統合失調患者が少しIQの高い発言をして面倒くさくなると“薬を飲みましょう”と言って黙らせる。日本ではよくある光景だ。



個室に戻される。仁は流しで顔を洗って、鏡に映った自分の姿を確認した。

(統合失調工作……ここは……友の会の施設!)



数日後、仁は女性看護師が職員専用通路に入るのを見て、気づかれず後に続いた。6階を脱出し、5階メインコンピュータールームへの潜入に成功する。



パソコンにアクセス。画面の違和感に気がつく。

(結城俊彦、七瀬明里、及川直樹……全員変死した統合失調患者。これは被害者名簿……! これさえあれば) 

ターン

胴を銃で打たれたような衝撃。仁は腹を押さえる。

(エレクトリックスタンガン!)

ターン

次に意識が暗転する。



再びベッドの上で目覚める。部屋は個室になっていた。精神科の個室は、症状の重い患者に当てられる。6階からの外出は、全て禁止になっていた。一階の売店にも行けない有り様。



「そうそう、そうやって、お茶を飲んでね。その後、トイレで全部吐いて、看護師に見とがめられよう。精神異常者と認められたら、病院から出してあげる」


「いまシャワー浴びたいと思ったよね。病衣ごと浴びて看護師に見とがめられよう。精神異常者と認められたら、どうして我々にあんたの考えてることがわかるのか、教えてやる。実は頸椎に」


「待って!洗面所の水、汚染されてる。君今、被爆したよ。飛んだり跳ねたりして看護師に見とがめられたら、助かる方法、教えてあげる」


「実は頸椎にマイクロチップを埋めこんでいるんだ。6階窓から中庭に飛び降りて負傷したら、浜田公大につれてって、マイクロチップを除去してあげる!」


「今だ! 男性看護師をぶん殴れ! 精神異常者と認められたら、極秘にマイクロチップを取り出して自由にしてやる」


どこにもいない人の声が聞こえる。薬物投与による、幻聴工作だ。



仁は看護師に言った。

「血液検査をお願いします」

「既に済ませました」

「今やってください」

「落ち着いて、お薬を飲みましょう」




40代女性看護師、三田は美しい容姿をしていた。彼女は仁と二人きりになると言った。

「食べたもの、みんな吐いちゃうんだ」

「じゃあ師長に相談しましょう。休みが必要です」

「え〜、私の仕事がなくなっちゃうでしょお」

医療従事者が、自分の摂食障害を患者に相談。



仁が個室から出ると、看護師も医者も患者も観葉植物を見るかのように、上機嫌で彼を眺めにきた。仁が不愉快になるくらい眺める。



仁が移動すると全員ついてきて大名行列。大型精神科、明星病院。ここは病院として機能していない。



精神科明星病院2

クライマックス2




5歳年下の女性患者、城町奈々はオシャレに余念が無かった。彼女は仁が一人の時を狙って接近してきた。案の定、打ち明け話。

「お母さんに愛されているか、わからないの」

「それは、お母さんに話そう」

「あなたは愛されたでしょ?」

「それはどうかな」

「え〜っ、愛されていたよお! 私、わかるもん」

「僕はあなたが嫌い」

彼女が凍りつく。

「そういう人だったんだ!騙されたよ!」



仁に貢物を持ってくる女性患者、中原南。こちらは年上。

「仁! ミカン好きでしょ! 買ってきたよ」

「いらない」

「ええ? じゃあこれ、どうするの? 仁のために買ったのに」

「知らない」

「そんなあ!」




その後、南はミカンを食べ歩いて周囲に説明する。

「仁が食べてくれないから腐っちゃう。どうしよう、私が食べたら太っちゃうのに、仕方ないなあ。仁が食べてくれないから、仕方ないなあ、私が欲しいわけじゃないの。仁が食べてくれないから腐っちゃうでしょ。仕方ない、仕方ないなあ」




翌日、南がメロンを貢いでくる。

「いらない」

「だって、仁のために買ったんだよ」

「勝手にして」

「どうしよう、太っちゃう。仁が食べてくれないから腐っちゃう、どうしよう、私が食べたら太っちゃう」

南はモリモリメロンを食べた。




翌日はブドウを貢いでくる。

「いらない。勝手にして」

南が他所で吹聴して食べ歩く。

「ねえ、聞いて?仁が食べてくれないの。どうしよう、腐っちゃうでしょ?どうしよう、仕方ないなあ」

モリモリブドウを食べる。



奈々が仁を攻撃。

「いいよねえ、カマトトはあ、みんなに貢がれてさ! ホントはお腹の中、真っ黒なんだよね!」



男性患者、畑本智也は30代。小太りでシルバーのアクセサリーを好むらしかった。かといって、ピアスの穴を開けるほど見た目には打ち込んでいない。ゲームの話が大好き。



「仁、これあげるよ!」

また貢物。最高級ブランドのバスケットシューズ。仁は首を傾げた。

「バスケ、やらないよ?」

「オシャレにだよ。カッコいいだろ?」



仁は首を横に振る。

「こんな高価なもの、怖くて受け取れないよ」

「じゃあこれ、どうするの?」

「知らない」

「そんなあ!」




翌日、智也は、貢物にならなかったシューズを履いて病棟内を歩いていた。若い女性患者がそれを見つけ、黄色い声をあげる。

「ダッケンのシューズじゃん! すっごい。それ、どうしたの?」



智也は説明した。

「仁にプレゼントしたけど、履いてくれなかったんだ。仕方ないから履いてる。履かなかったらシューズが可愛そうだろ」

「サイズは?」

「偶然、仁と同じなんだ」



智也は金持ちらしく、三日後も仁に最高級シューズを貢いできた。

「じゃあこれ、どうするの?」

「勝手にして」

仁に突っ返されると、智也はまた「仁が履いてくれないから」と周囲に説明して、シューズを履いていた。



奈々が仁を中傷。

「いいよねえ、愛された人はあ! 本当なお腹の中、真っ黒なんだよね!」




そこへ南の兄、北斗が妹の面会に現れた。ある瞬間、妹を平手打ち。

「仁は食べてないじゃないか。自分が食べたいだけだろ!」

「私は仁のために!」

「仁に謝れ!」

患者家族の北斗まで、仁のファンになっていた。兄妹で取っ組み合いになる。

「仁に謝れ!」

「私は仁のために!」



そのうち、病棟各所で『仁のための』暴力が激化する。

若い女性看護師を、壮年男性患者が革ベルトで打ち据える。

「仁に謝れ」

「ごめんなさい、仁、ごめんなさい、ごめんなさい」

「仁はそんなことじゃ許さないんだよ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、もうぶたないで、仁、仁、許して」

「仁は、許さないって言ってるんだよ!」



現代の聖職者にこんな現象は起こらないが、実在する生き神や、昔の天皇はこんな感じのはず。偶像崇拝とはこういうもの。



二週経つ頃には、仁はトイレで吐く事になった。彼はトイレットペーパーで口をぬぐった。

(オレの経歴、調べ尽くしてる……。落ち着け、ここは友の会。実際の社会じゃない)



トイレから出ると、患者家族が彼を待ち伏せしていた。

「あんたのせいで、うちの娘は一生癒えない傷を負ったんだ。顔にだよ。許さないからな」



別の場面で仁を睨むのは、老衰した男性患者。背骨は曲がり、歩くのにも立つにも杖を頼っている。

「私は君を認めない。みんな『仁、万歳』と言って、死んでいったんだ」

奈々が続く。「一人だけぬくぬくと貢がれて」




3周目。仁の周りに展開される暴力の数々。

(疲れた。もう死のうかな)




その日は病院一部のエレベーターが故障。朝食の時間になると、厨房職員達が専用通路の階段を登って食事を運び込んで来た。



患者達は監視はあったものの、厨房職員に協力し、踊り場で食事を受け取っていた。



七階から声。

「あっ、間違えちゃった」

「何のこと?」

六階踊り場にいた仁は、知ったような女声に首を傾げる。



その時、七階から、割烹着姿の女性厨房職員が、あろうことか階段の手摺に座って、滑り落ちてきた。

「仁さあぁぁぁぁぁぁん!」

仁は食事を放り出し、脊椎で彼女を受け止めることになる。現れたインベーダーに度肝を抜かれ、尻もちはしてしまったが、たまたま横抱きになった。

「由美さん!」

「6階でしたか。良かった、生きてた!」

由美が破顔する。階段は職員と患者でごった返していたため、空いてる手すりを滑って来たらしいが……。



彼女は、騒然と取り巻いている病院構成員を睨んだ。

「よくも仁さんをいじめましたね」



由美は取り巻きに向かって、懐から出した何かを投げつけた。

煙幕。

由美の声。

「こっち!」

彼女が仁の手を引いてる。

「応援の来る場所まで案内します」

「煙幕に慣れてないでしょう」

「部隊の皆さんが専用ゴーグルを貸してくださいました」



仁は彼女につられた。煙幕の中、階段を降りるのは危ない。しかし、彼女は階段から離れる廊下ルートを走っているようだった。



「どうして由美さんが」

「この病院の幹部と知り合いなんです。友の会には勝てませんが、病院には顔がききます。私が適任でした」



仁の知らないルートを通り、6階からの脱出に成功。屋外非常階段で五階に入り、煙幕が切れる。由美は割烹着の帽子を取って、ゴーグルを付けていた。



おそらく帽子の中に隠していたのだろう。女性は髪の長い人が多いから、後頭部がふんわりしていても、怪しまれない。



二人はコンピュータールームに潜入した。



最後の天使

(結末)


由美はゴーグルを首に下ろし、楽しそうな弾む声で言った。

「ちょっと待ってくださいね」

パソコンにアクセス。

「ここをこうして、こうしてこう! 本部送信!」

スパーンとエンターキーを叩く。



仁は感心した。

「たくましくなりましたね」

「勿論」

彼女が振り返ってニッコリ。

「名簿、送信できましたか」

「何の名簿?」

彼女が首をかしげる。友の会の方が手を打つのが速かった。





病院構成員に見つかる。

「見つけた、あの女」

「仁にお姫様抱っこされて、いい気になって」

「虫だ」

「仁に悪い虫がついた」

「魔女だ」

「魔女裁判だ」

「血祭りにしてやる」

状況がかんばしくない。

仁は由美を病院構成員からかばうように立った。

「かかれ、血祭りだ!」

仁の後ろの由美めがけて病院構成員が押し寄せてくる。仁は由美をかばったが、つき飛ばされた。連日吐いていたので体力がついてこない。

「きゃあ!」

「この魔女!仁を誘惑しやがって」

「由美さん!」

ゴキン

あたりは静まりかえっていた。仁は由美を取り返すために、信者の一人を殴り倒していた。

事態に呆然とするのは、仁、本人。

身体が弱っていると、それで手一杯で、弱い者を取り押さえる事が出来ないのだ。まずいことに気がついても、もう遅い。周囲が騒然とする。

「神様が裏切った」

「いいや、神様じゃなかったんだ、騙された」

「魔女は男の方だった」

「あんなに貢いだのに、騙してたんだ」

「馬鹿だね今頃気づいたの? 私、最初から言ってたよね。あれは詐欺のカマトトだって」

「知らなかった……」

「血祭りは仁の方だ……」

病院構成員が囲みの輪をじわじわ縮めてきた。



ある瞬間から、群衆が仁に雪崩かかる。仁は仰向けに転倒。加害者の誰かが馬乗になって、無数の手と一緒に仁の首を締め上げ始めた。

「誰か、助けて!」近くで由美の悲鳴。


仁は自分の死を感じた時、いつも先陣切ってかばってくれる、大型猫みたいな同僚を思い出していた。



その時だった。



ドン、ドン、ドン! 

ガシャン!



発砲音と、窓ガラスが割れる音。大勢を相手にしている仁には、誰が何処から発砲したのかわからない。



ドン!

炸裂音と同時にあたりが一瞬で暗転した。太陽の光が届かない。仁は目をこすったが見えるようになるわけでなく。



近くで由美の声。

「煙幕……誰の?」

彼女がもう一弾持っていたわけではないようだ。


仁は自由になったのを知って、身体を起こした。煙幕は、割れた窓から抜けてゆく様子。これでは視界は開けるが、信者に見顕されてしまう。



誰かが仁の胴を前から担ぎ上げた。

「行くぞ」

「あいよ!」

知ったような男声と女声。



仁は多分、割れた窓の前まで運ばれた。外ではなく、煙幕の方を向いているのでよくわからない。正面から病院構成員の「神様、神さま」と呻くような声。



窓の外に何かあるのか。何もなかったら、担ぎ主の眼下に病院駐車場が拡がっているはずだった。



担ぎ主は刹那、5階から飛び降りた。救世主が宙空を舞う。翼の映えた天使か、或いはーー



仁は何か柔らかい物が自分を受け止めたのを感じた。

近くに天使が転がり、仁と一緒に体制を立て直している様子。着けていた煙幕用ゴーグルを首元に下ろした。初めてその姿を確認できた。

「あ、猫」

「違う、百獣の王だ」

凪はいつもの制服姿でぷりぷり怒っていた。

凪が仁の胴を抱える。

「ほら、さっさと降りるぞ。次が来る」

「おれと由美さんが危ないの、どうしてわかったんだ」

「窓にカメラくらい着けてるよ」

二人で巨大クッションを降りる。




直後に、もう二人落ちてくる。

「由美さんと、マナ」

「仁さん、無事でしたか」

由美が安堵している。

「もう大丈夫です」

マナは由美に笑った。

由美の方はマナが担ぎ出したというわけだ。



上空ヘリは、ブルーフェニックスのもの。仁が見上げた直後、ヘリの横腹から何かが発砲され、病院5階内部から光の柱が四方に飛び散った。閃光弾だ。

凪は笑って指さした。

「あれは、ちま」

ちまは病院構成員の視界を奪い、凪たちの後を追えないようにしたらしい。



仁達は一瞬にして後続の仲間に回収され、クッションの空気が抜かれた。



病院屋外で、ブルーフェニックスのトラックが待機している。凪達はそこに駆け込み、入れ替わりに隣のトラック3台から、残りの第三部隊員が病院に突入。明星病院本体と、病院構成員をインク弾で染めあげに行くのだった。




2時間経った。

水色になった病院は、証拠として残される。インクの上からペンキを塗っても無駄。常に水色に光るようになっている。落としたかったら、ブルーフェニックスに情報提供するしかない。



それができなかったら、ブルーフェニックスに協力できない理由のある病院として、浜田公大と一緒に、永久に運営される事になる。水色が嫌で建てかえるのなら構わない。友の会側のダメージになる。



仁は仲間に介抱されながら、雨風隊長に侘びた。

「しくじりました、隊長。名簿見つけていたのに」

「お前が無事ならそれでいい。今救急を呼んでるから、安静にしろ」

「血液検査もお願いします。薬物投与されてます」

「わかった」

隊長の目配せ。

反応した30代糸目隊員の牧田が自分の班に指示。注射器を持って仁のもとに駆けつける。採血とバイタルを取るくらいなら内輪でできる。検査は医療部隊に回すことになる。

仁はその後解毒剤を投与された。



凪が続く。

「隊長、仁は頸椎前方固定の手術を受けています。ほっとくと背骨が曲がって、老後苦しみます」

隊長が憎々しげに歯噛みする。

「あいつら……。精密機器で調べる。頸椎の骨折がないなら除去しよう」




(結末2)



仁はその後熱を出したらしかった。仲間に運ばれ、医療部隊に保護され、それから記憶がない。



呼吸が楽になって気がつくと医務室だった。何日経ったかわからない。額に絞ったタオルが置かれている。彼はタオルを取って身体を起こした。早朝の時間帯なのか、室内も窓の外も、まだ暗い。




氷枕は意識の無い患者を夜間冷やし過ぎて危険だ。それはわかる。

(冷感シートは?)

仁が見回すと、そばのゴミ箱にシートの空き箱が捨ててあった。使い切った模様。



足元が重いと思ったら、近くの丸椅子に座った凪が、徹夜も出来ずにベッドに頭をもたせ、寝こけている様子。よだれまで垂らして幸せそう。

「うふふ、由美さんたら、そんなコトまでして、やだー……」

いかがわしい夢を見ているらしい。

「何で男のお前なんだよ」

仁は呆れて凪の頭を軽くペチンと叩いた。

色気のないラストになった。



エピローグ

「ついに来た」

「とうとう来たな、この日が」

第三部隊隊員が全員、勤務時間外の早朝、暗いうちから、フル装備で待ち受ける。

「ええ、来ましたね。この日が」

由美がトゲトゲのモーニングスターを持って、ギラリとした目線で振り返る。本当に聖職者なのかわからない。



第三部隊の誰もが恐れる、そして由美すら脅威を覚える、バレンタインデー。



勤務開始の2時間前、職員用玄関が開く。その刹那だった。


「仁!ハッピーバレンタインデー!」

パキャ!

凪が反応して天井から出てきたインベーダーをプラスチック製強化ハリセンで駆除する。


天井の通風孔から、他部隊の男性隊員が上半身をぶら下げて気絶している。彼の手から床に落ちた、薔薇の花束。



「仁!会いたかった!」

ボリン。

今度反応したのはちま。別の通風孔の蓋が外れ、そこから顔を出した他部隊女性隊員が、ちまの繰り出した箒の先端を顔面にくらって沈黙した。



他部隊の彼女は通風孔が狭すぎたため、顔の肉が詰まってしまったらしい。進むも引くも出来なくなってしまった結果、その場で笑顔でバレンタインデー。命をかけているのはインベーダーも第三部隊隊員も同じ。



ドン、ドン、ドン!

ガシャーン!

屋外から詰め所窓ガラスに発砲あり。中年男性が飛び込んでくる。



何故か上半身裸でオリーブオイルを塗っており、肉体アピール。裸でガラスを割ってきたから、生傷だらけが痛々しい。特に右のびーちくの直下にガラス刺さってる。

「仁!君のために作ったんだ!」

ゴリン。

今度は牧田の肘鉄が、インベーダーのこめかみにめり込んで沈黙させた。

インベーダーの脇から落ちたのは彼自身の肉体自慢写真集。わざわざこの日のために作ったらしい。





次に何かが、メリメリきしむ音。

凪がハンマー、由美がモーニングスターを取り上げて、

「そこだあ!」

詰め所の壁の一部に同時一撃をお見舞いする。



ドガア!

壁が粉砕した。コンクリートの中に、他部隊の女性隊員が両手で海外製高級チョコレートの箱を持って、笑顔でめり込んでいる。

「仁、私の気持ち、受け取って!」

鼻に管を通して水分補給だけはしていたようだ。何日前から絶食していたのか。壮絶な絵面。



第三部隊受難の日は、あとホワイトデーとか、仁の誕生日とか、そういうの。隊長も懲りて、これらの日ばかりはボスに部隊の内勤担当を頼んでいる。



他部隊隊員は仁の事よく知らないうちに、一目惚れしてしまうケースが多かった。同じ部隊で仕事を始めると、仁の事情がわかってくる。第三部隊隊員は、仁の味方。



仁は詰め所のみんなに守られながら、今日も「別にいいのに」と煎餅を噛んでいた。非日常に慣れすぎた神様。毎日自殺までカウントダウン状態。


(終わり)