シンデレラ

1

「こら、シンデレラ、もうちょっと良くしなさいよ」

「はーい」

僕はお姉ちゃんを抱きしめた。




いつも朝からお仕事。父さんが生きてる時は幸せだったんだけど、彼が死んで継母と義理のお姉ちゃんだけになったら、僕はいつの間にか性奴隷になっていた。




他の仕事も全部僕の担当。ごはん作る、洗濯やる、靴磨きやる、トイレ掃除やる、節約やる、ガチョウにエサもやる。僕の食べ物はいつも冷めた残り物。そうこうしてる内に二十歳になっていた。





僕はある早朝、玄関前をほうきで掃きながら快晴の空を見上げた。

「ああ、よく晴れたなあ。神さま、ありがとう」

「ウザい」

「えっ」




僕は振り返った。近くに知らないお姉ちゃんが立っている。二十二才ぐらいかな。真っ赤なドレスにとんがり帽子、錫杖持ってて、何だか不機嫌そうだ。




僕は彼女に話しかけた。

「お腹空いてるの? 僕の朝ごはんでよかったら分けてあげるよ」

「清貧すぎてウザい」

「ええっ?」




そよ風が朝の香りを贈ってくる。街は今、花の季節だ。クリーニング屋さんが仕事始めにシャボンをたてているのも見える。朝の光がレンガの街を彩り、片や飼い主と散歩中の犬が道端でいきんでいる。あれば大の方だ。




とんがり帽子のお姉ちゃんはつっけんどんに尋ねてきた。

「あんたダンスできるの?」

「お母さんが生きてた頃、習ったよ」

「じゃあお城の舞踏会に行ってきな」

どうして彼女、イライラしてるの?




「ダメだよ。家事ほっぽらかしなんて」

「ちゃっちゃと誤魔化して、いい女ゲットして来い!」

「どうして?」




彼女は錫杖をどんと地面に突き立てた。

「今の人生に不満は無いのか!」

怒られてるみたいだ。

「ないよ? ガチョウかわいいし」

「性奴隷、嫌でしょ!」

もっと怒られた。




「ちょっとの我慢じゃん。殺されるよりいいでしょ」

彼女はキレすぎて首をぶんぶん振った。

「かーっ、アンタ麻痺してる! いいから幸せになって来い」

「あなた誰」

彼女はまた錫杖をどんと突き立てた。

「私は魔法使いメノアプト。ウザい事が大嫌い」



彼女が錫杖を振るった。僕はそいつでぶたれるのかと思ったけど違った。僕のほうきが手からすっ飛んで収納庫に入ってしまった。驚いていると、僕のボロ服はいつの間に貴族の礼服になってしまった。

「これは?」

「あげる」

「本当? ありがとう、メノアプトさん」

「メノって呼んで」




彼女はもう一度錫杖を振るった。毎年うちの庭にゴロゴロできる、美味しくない野生のカボチャの一つが膨らみはじめた。ぐんぐん大きくなる。僕がびっくりしている内にカボチャは四輪の付いた乗り物になってしまった。





彼女がカボチャの中に入った。座席について、奥で円盤のようなものをつかんでいる。

「あんたも乗んな」

「でも家事があるし」

「ほっとけ。そんな家戻らないから」




僕は困ってしまった。

「でも全員料理できない家族なんだ」

「じゃあひもじい思いさせればいいでしょ」

「どうして?」

メノさんが歯をむいた。

「いいから! 乗らないならその服の代金もらうからねっ」

「そんなー」




僕は彼女の隣に座った。彼女はとにかく怒ってる。絶対お腹空いてる人だ。ぶつぶつ文句たれてる。

「あーイライラする。とりあえず暴走してやるんだから」

「何か食べればいいじゃん……」




あきれる僕に彼女が命令した。

「シートベルトしめて」

「ベルトってこれ?」

「こうするの」

メノさんがベルトをひっぱって身体を固定して見せた。僕も真似をした。

「いくよ」




彼女は円盤を掴んだまま、何かを踏んだ。盛大なふかし音がして、カボチャが動き始めた。それも凄いスピードで。

「メノさん、馬がないのに走ってるよ!」

「これは未来の馬車だ。メノ様のお通りだよ!」

「わーっ?!」




僕は急カーブに声をあげた。カボチャが馬車よりはるかに速い。人とぶつかったら大変だけど、早朝だから通行人はほとんどいなかった。





窓から見えるレンガの街並みは風に溶けて、みるみる後ろにとんでゆく。

「メノさん、舞踏会って夜じゃないの?」

「昼の内からVIPにしてあげる。いい思いしてきなさい」

「どうして?」

「%△!#=△\÷¥!」

怒る怒る、メノさんが怒る。


2

カボチャの車の前で、豆のようだったお城はどんどん膨れ上がった。金と銀と宝石を散りばめられたあでやかな建造物が迫って来ると、僕は夢を見てるみたいだった。

夢があるっていいよね。そうだ、今日くらい、お城に行こう。





城門の前に着いた。メノさんはお城で顔が利くようで、門番は礼を正すと一発で開門した。カボチャの車は城門をくぐって庭園を走り、お城の正門前に着く。





僕とメノさんが下車すると、お城の使用人達が次々と礼をした。彼らに段取り良く案内され、僕たちはお城の中の客間に通された。





そこでは若い女性がきらびやかなドレスをまとって待っていた。僕より一つ年下ぐらい。

「メノさま、お会いしとうごさいました」

「お久しぶりです、カレン様。急に押しかけてしまってすみません」




メノさんはカレン様に僕を紹介した。

「こちらはチュンテル王国リガッシュ公爵ご子息、シンデレラ様です。仲のいい公爵様のおかげんが悪かったので、私が代わりに舞踏会にお連れいたしました。シンデレラ様、カレン姫様です」




僕はカレン様と挨拶した。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

メノさんはカレン様に説明した。

「乗り合わせが良すぎて、予定外の速さで着いてしまいました」




カレン様は気持ち良く受けあってくれた。

「かまいませんよ。長旅ご苦労様でした。朝食はお済みですか? よろしかったらご一緒しませんか」




メノさんが丁寧に答えた。

「嬉しいお言葉、ありがとうございます。けれどご一緒出来るのはシンデレラ様だけです。私はこれから用事がありまして」

「それはそれは、お忙しかったのですね。またお会いしとうございます」

「私もです」

メノさんはカレン様とあつく抱擁を交わすと風のように去って行ってしまった。




僕はカレン様と朝食をとり、その後、城内を案内された。

「シンデレラ様、こちらは薔薇園です。庭師が端正込めて育ててますの。ここで飲むハーブティーは格別ですよ。お掛けください」




僕は彼女とベンチに座った。彼女が、持参したバスケットから魔法瓶とティーカップ、各種ハーブを出した。

「シンデレラ様、好きなハーブを選びましょう」

「はい」




二人一緒にカモミールに興味を出してしまい、手が触れあった。

「あっ」

あわてて手を引く。僕と彼女は気まずくなって、互いに目をそらしてしまった。

「失礼」

「こちらこそ」

彼女が真っ赤になってる。かわいい。僕の頭にも血がのぼるし、シンゾーはバクバクした。




その時、知らない人の声がした。

「あらカレン、その方は」

「パンドラ女王陛下」

カレン様が即座に立ち上がり礼をした。僕がそちらの方を見ると、年齢不詳の女性が立っていた。カレン様より壮麗なドレス。女王陛下と聞いたので、僕も立って礼をした。




こっちが姫様であっちが女王様といっても、二人の歳が近すぎて母娘には見えなかった。親戚にあたるのかな? カレン様はパンドラ様に僕を紹介した。




「こちらは今夜の舞踏会にいらした、リガッシュ公爵ご子息、シンデレラ様です」

「あらようこそ、リガッシュJr.様。カレンの前に私とご一緒しませんこと?」

「よろこんでー。」




僕はカレン様と別れて、パンドラ様の寝室に連れ込まれた。

「まあJr.、かわいいお顔なさっているのね。私とお医者さんごっこいたしませんこと?」

「よろこんでー。」

僕はお城でもお仕事をした。




終わって服を直していると、ノックがあった。パンドラ様の許可でメイドさんが入室してきた。神経質そうに顔をひきつらせている。恐い。




「リガッシュJr.様に急な伝令でございます。お父上様のきれ痔について、内密にお耳に入れたい事が」

パンドラ様はメイドさんが恐くないようだった。




「そうですか。ではJr.様、行ってらして」

「失礼します」

僕はパンドラ様に挨拶して、メイドさんについていった。

「それで痔がどうしたんですか」




寝室を出るなりメイドさんは煙になり、代わりにメノさんが立っていた。怒ってる。

「何をやっておんじゃ!」

「性奴隷。」

「カレンを狙え」

「でもパンドラ様に呼ばれちゃったから」




メノさんは辟易とした顔で両手を腰にあてた。

「あのねえ、彼女は彼氏つくらないのっ」

「変わってるね。どうして」




メノさんは勢いのあるため息をついた。

「国と結婚したんだ。あの歳で旦那持たない政治家だよ。女王だけど中身は国王だ」

「凄い」

僕は感嘆した。

「彼女をやり過ごして、カレンを狙いなさい」

「どうして?」

メノさんがブチキレた。

「命令だ! 聞かなきゃその服の代金もらうよ」




何だよ。メノさんたら、ジャーキー食べてる最中にオスにちょっかい出されたメスのマルチーズみたいに怒って。僕はパンドラ様の部屋に戻った。




「どうして結婚しないんですか」

パンドラ様はアンニュイにベッドに寝転がって答えた。

「政治とジェンダーは両立出来ないのさ」

「ジェンダーってそんなに大変なんですか」

「女は身も心も美しくて、男に都合良くないといけないんだ。そんなのやってたら政治出来ないよ」




「でも一人になるでしょう」

「いいさ。一生一人だ」

僕はいいこと思いついた。

「僕、弟になります」

パンドラ様は身体を起こすと僕の手を引いた。




「それは良かった。もう一回欲しかったところなの」

「あっ。」

僕はまたお仕事をした。




食事はとった記憶があるんだけど、結局二人でスケジュールを忘却し、翌朝まで爆睡してしまった。舞踏会に出席するためにお城に来たらパワハラに遭うわ、本命の舞踏会には出られないわ、踏んだり蹴ったりの展開に。





僕は暗いうちに起きて部屋つきのシャワーを借りた。日の出の頃になるとパンドラ様が目覚めたので、僕は窓のカーテンを開けた。同時に寝室にノックがあった。





パンドラ様が許すと知らないメイドさんが入って来る。カリカリひきつった顔をしていた。

「リガッシュJr.様に急な伝令です。お父上様はツエツエバエに刺され、命に別条はないものの七転八倒しており、ついにサーベルを振り回し始めたので、内密にお耳に入れたい事が」

「行っておいで」

「はーい」




僕はパンドラ様に許されてメイドさんについて行った。寝室を出るなりメイドさんは煙になって、メノさんが立っていた。

「カレンを狙えと言うとろーが!」

「でもパンドラ様、誰かいないと気の毒だよ」

「ほっとけ、あの年増は。いいからやり過ごして部屋から出て来い」







3

僕はパンドラ様の寝室に戻った。彼女がシャワーを使っていたので、バスルームから出てくるのを待って言った。

「僕、弟になります!」




彼女はバスローブ一枚をまとって、タオルで髪の毛を拭きながら、かったるそうだった。

「そんなに毎日出来ないよ」

「ベッドから離れたこと考えてください」




彼女は怪訝そうだった。

「弟って、何してくれるの」

「服着てください」

「はいはい」

今更だけど、恥じらいもへったくれもない関係になってしまった。




彼女が着替えたあと、僕は言った。

「あなたの代わりにジェンダーやります」

パンドラ様はほとんど相手にしてくれず、投げやりに言った。

「じゃあ、マルゲリータ作ってよ」

「おやすいご用!」




僕は厨房まで走って行って、使用人に材料を借りた。料理ならばお手のもの。熱々のピザを作って彼女の寝室に届けた。手頃なテーブル席もあった。




「一緒に朝食とっていいですか?」

「まあいいでしょう」

僕たちは席についた。彼女はピザに驚いていたけど、食べてくれた。食後、僕は尋ねた。

「美味しかった?」




彼女はツンツン威勢を張っていたが、一方で変にどもり始めた。

「じゃあ膝枕と耳掻きしてよ」

「おやすいご用!」




終わると彼女は元気がなくなっていた。

「どうしたの」

彼女はうつむいた。

「じゃあ、三つ編みしてよ」




元気がないんじゃない。僕は彼女がしおらしくなってしまったことに気がついた。

「おやすいご用!」




僕は彼女を鏡の前の席に座らせて、小道具の準備に走った。そのあと彼女の髪の毛のセットを開始した。三つ編みだけなんて面白くない。僕は編み込みも出来ちゃうよ。




彼女は黙って鏡を見つめていた。彼女の右目から、涙が一粒こぼれた。

「痛かった?」

「いいえ。私、編み込みも三つ編みもしてもらったことが無いの」




彼女はあまり感情的に見えなかった。鏡よりももっと遠くの他人に、打ち明けているような目をしていた。僕は尋ねた。

「ご両親は」

「私を捨てていった」

「乳母と侍女は」

「政敵がつけなかった。一人で身の回りの事覚えて、一人で勉強して、一人でのしあがって来たの」




僕は手を止めて、鏡の中の少女に言った。

「つらかったね」

少女はすぐに見えなくなったけど、僕は女王の小さな世界を見た気がした。





「パンドラ、部分的におさげを下ろしたいんだ。髪が長いから立ってくれるかい?」

彼女は言う通りにしてくれた。僕は使わない座席を脇によけて、彼女の毛先に飾り紐と宝石を散りばめた。ーー終わった。




「できたよ。すごくきれいだ」

彼女は吸い込まれるように鏡を見つめ、向こう側の誰かと声なき声で語り続けていた。最後に唇が動いた。

「あなた、まだ私のおでこにキスできる?」

「できるよ? しようか」




間が開いた。

「駄目」彼女の目からせきをきったように涙が溢れた。彼女は両手で顔を覆った。「駄目」肩が震えていた。




「ごめんなさい、もう性奴隷にしない。あなたにはカレンをよこす。あの子とてもいい子なの」

「でも、あなたのことほっておけないよ」

パンドラは顔をあげてくれなかった。

「いいの。一人でいいの。優しくしないで。部屋から出ていって。代わりにカレンをよこす」

「パンドラ」




僕は彼女を一人の女性として呼び捨てにしてるんじゃない。どうしても小さな子に見えてしまうんだ。




僕は彼女を抱きしめた。片手でおでこを探ったけれど、彼女は僕の胸の中に深く頭をうずめてしまった。

「パンドラ」

「シンデレラーーいいえ、カレン」

「えっ?」

パンドラは僕の胸をどんと突き放した。そしてあさっての方を向き、取り乱したかのように叫んだ。




「カレン! カレン! すぐ来て。何をやってるの。カレン、早く」

「女王陛下!」

阿吽の呼吸でカレン様の声がした。彼女が寝室に飛び込んで来る。その刹那、僕の目の前でパンドラは光の柱になってはじけた。




いや、柱じゃない。光る巨大な東洋の龍だ。城全体が唸って震えあがった。龍が天井を突き破って、上へ上へと昇ってゆく。体長も胴体もどんどん膨張してゆく様は、滝の逆流を見ているようだ。




天井のなくなった部屋は、七億の満月を集めたかのような光の洪水で溢れた。僕は声を張り上げた。「パンドラ、そのままでいいんだよ」




「陛下すてき!」

「でしょ?」

「えっ?」

僕は女性二人のやりとりの声に面食らった。気がつくと光の洪水はなくなっていた。天井も元通り。カレン様は何かに胸を撫で下ろしている様子。




「びっくりしました。おかげんでも悪くなったのかと思って」

パンドラ様は大人の微笑を浮かべて立っていた。跡形の涙も無かった。

「いいえ、早く見せたくてたまらなかったの。Jr.様は編み込みが出来るの。凄いでしょ」




パンドラ様が華麗にくるりと回転して見せると、カレン様は手を叩いてほころんだ。

「とってもお似合いです」

パンドラ様は上機嫌だ。

「Jr.様にはお世話になりっぱなしでした。私はこの髪型で城内を自慢して歩くから、カレンは彼を休ませてくれませんか?」




「お任せください。では私達はこれにて」カレンが僕の手を引いた。「シンデレラ様、こちらです。本当に素晴らしい腕をお持ちですね」




僕は訳がわからなくて尋ねた。

「カレン様、昇龍を見ましたね?」

「いいえ? お疲れですね。すぐお茶をご用意いたします」

ーー僕はそれきりパンドラ様に会えなかった。




僕は魔法使いのメノさんの段取りで家に帰らなくて良くなり、カレンと仲よくなって三年後に結婚した。その年、僕はようやく城内でパンドラ様とすれ違うことができた。

「パンドラ様」

「あんたなんか知らないよ」

「でも、いつまでも弟です」

彼女が振り返った。一瞬不敵に笑う。修羅のように猛々しいのに、蛇使いのように艶っぽくも見えた。そしてガラスのヒールを高鳴らせ、去って行ってしまった。


(「シンデレラ」終わり)




後書き

この作品にはいろんなご意見があると思います。しかし、私がパンドラだったら、いつ別れるかわからない恋人より、ずっとそばで見守ってくれる弟がいた方がいいと思い、この結末になりました。


お読みくださってありがとうございました。