トンビとワカサギ

 おれはトンビ。

 ワカサギと組んで雪山を登ってる途中で、ホワイトアウトに遭ってしまった。

 登山コースを外れ、認めたくないが遭難してしまったようだ。



 「初心者と違うんだ。ここは落ち着いて救助を待とう」

 「そうだな」




 ワカサギの言葉に、おれは同意した。

 彼は一つ年上の25歳。

 先輩だ。

 彼はケータイの電源を入れて救助を求め、電話を切ると電源も切った。

 電池が切れるからだ。



「テント広げるぞ」

 彼の指揮で暖をとり、身体を温めるため非常食もとった。




 救助隊は遅かった。

 おれたちは辛抱強く待ったが、とうとう食料も暖もつきてしまった。

 運悪く、強風でテントが飛ばされた。

 吹雪と呼ぶには意外と視界が広い。

 ただ風が強いのだ。




 体温をもって行かれる。

 おれたちは、辺りを探って、一方向でも風よけができる斜面を見つけ、そこにうずくまった。

 命の危機が迫りつつあった。




 「おい、ワカサギ、だめだ」

 うたたねをし始めた彼をおれは揺り起した。

 「おっと、悪い」

 彼はかぶりを振って眠気をぬぐった。

 「死ぬもんか」

 「そうだよ」




 一時間後、おれは彼に揺すられた。

 「しっかりしろ」

 おれも眠りそうになったらしい。

 「サンキュ」

 「死なないよな」

 「もちろんだ」

 まっすぐ見つめる彼に、おれは意を決してうなずいた。




 彼は辺りを見回し、自分の両腕を抱いた。

 「しかし寒いな。こういう時は人肌で温め合うのがいいんだけど」

 「やだ」

 「おれもやだ」

 おれの即答に、彼もすかさず続いた。おれは意を決していた。




 「おれたちプロだけどな」

 「ここは折れないのさ」

 二人の息はぴったり。すればするほど、死が鎌首をもたげて二人を見つめている。




 次に気がつくと、おれはひっぱたかれてしまったようだ。

 又うたたねをした。

 「しっかりしろ」



 次は彼が倒れようとした。

 おれは自分の眠気を振り払って立ち上がり、グーで奴を吹っ飛ばした。

 奴もよろめいて立ちあがった。




 そうだ、座っているより立っていたほうが眠りにくくなるのでは? 

 二人で立って寒さをしのいだが、しばらくしておれは又やらかしたらしい。

 「しっかりしろ」



 奴のかかと落としを食らった。次は俺が奴にバックドロップ。

 「しっかりしろ」




 次は奴の裏拳。次はおれのジャーマンスープレックス、次は奴の四の字堅め、次は眼つぶし、次はヤマアラシーー




 眠気より具体的なダメージと流血で、二人揃ってうつぶせにピクピクし始めたころ、救助隊が到着した。

 誰かが『タンカ』と叫んでいる。

 ああ、もう眠っても大丈夫だーーワカサギだってそう考えたはず。

 おれの意識は遠くなっていった。




 目を覚ましたら病院のベッドだった。

 隣のベッドにワカサギ。

 二人とも満身創痍。

 包帯でぐるぐる巻きになっている。




 白衣の医者が二人の間に立っていた。

 「雪山で何をやっていたんだね」

 おれは遠い意識の中で答えた。

 「温め合っていたんです」

 「そう人肌、いや、肉弾で」

 ワカサギも続いた。彼も茫然としている。



 ――おれたちはプロのコンビだ。間違ってない。




 (終わり)