もう一度、愛を(前編)

 フィーナの家は貧しかった。彼女は幼馴染のジャックと愛し合っていたが、結婚適齢期を迎えると彼の財力では親が結婚を許さなかった。容姿のよかった彼女は大金持ちの商人、年輩のゼッケンのところに売られるように嫁がされた。




 ゼッケンは連日彼女を殴った。彼女は結婚の二年後から離婚交渉を試みたが、もっと殴られるだけだった。彼女は夫から逃げて、繰り返し周囲の人間に助けを求めた。




 ある晩、若い靴屋のトーマが彼女を保護した。追ってきたゼッケンに注意した。

 「女を殴ったようだな。おれが許さないぞ」

 「馬鹿言わないでください。夫婦喧嘩です。彼女いつも大げさに騒ぐんです。ちょっと被害妄想があるんですよ」




 トーマは両手を腰に当ててプリプリしていたが、もうゼッケンに怒ってはいなかった。

 「なんだ。そういうことか。騒ぎにして、迷惑だな」

 「すみません、もう喧嘩しません」


 


 トーマは彼女に言った。

 「フィーナさん、大丈夫です。彼は仲良くするって約束した。家に帰りなさい」

 「誰か。信じて!」

 彼女は叫んだ。ゼッケンは彼女をとっ捕まえて連れ帰ると、その後も彼女を殴った。




 彼女はゼッケンから必死に逃げた。助けを求めた。でも必ずゼッケンが出てきて周囲に夫婦喧嘩と説明した。彼女は逃げるのをあきらめはじめていた。ただでさえ殴られるのに、もっとひどい報復に遭うからだ。




 十二月の昼下がり、彼女が買い物の帰りに白い息を吐きながら通りを歩いていると行倒れの少年を見かけた。17歳くらい、きっと飢えているのだ。気の毒に思った彼女は少年のそばにかがんで、彼を起こした。少年の肌は透き通り、瞳は満月のようだった。彼女は買い物かごの中からゴーダチーズとロールパンを与えた。少年は食べ終わると元気を取り戻した。




 「まだ背の伸びる子ね。名は何というの」

 「僕ね、天使なんだ」

 彼女は思わず笑ってしまった。

 「あら、かわいい冗談。嘘言いなさい」

 「あなたにお礼がしたいな」

 「大きくなりなさいな」

 「ありがとう。お姉さん」

 彼女はあたりを見回した。少年はもういなかった。




 ジャックはある年末の日暮れ時、走ってきた女性とぶつかった。相手はフィーナだった。

 「どうしたんだ、その顔」

 「関係ないです」

 ジャックは見てしまった。顔にあざを作った彼女を。幸せそうに見えなかった。助けたい。でも自分は貧しい。一瞬、駆け落ちしようかと思ったが、ゼッケンの家は大きい。追手をかけられれば捕まってしまう。ジャックは去ってゆくフィーナの背中を見送りながら、地面にくずおれた。涙が後から後からこぼれた。


もう一度、愛を(後編)

 ロメルは熟練の宮廷医師だった。王子の風邪が大したことなかったので、仕事を終えて馬車を自宅に走らせた。時は年末。商店街は華やかで、夜も更ければきらめき始めるだろう。夕暮れ時の趣だって負けてない。日暮れの鳥が空を渡り、人間の親子づれは町のショーウィンドウに色めき立って幸福そうだ。彼は料理上手の愛妻の温かいスープが恋しくなっていた。



 

 ある時、彼一人の馬車に、唐突に同乗者が現れた。若さにあふれた愛くるしい少年だった。ロメルは狐につままれた気分だった。

 「どこから入ったんだ」

 「天井から」

 「嘘を言いなさい」

 「僕、天使なの」

 少年は邪気のない口調で言った。

 



 「おうちの人は?」

 「外を見て」

 ロメルは窓の下を見て声を上げた。馬車は雲の上を走っていた。眼下に豆のように小さくなった町が広がった。

 「僕、天使なの」

 「わかった! わかったから下ろしてくれ」




 次の瞬間、馬車はいつもの通りを走っていた。ロメルは胸を撫でおろした。

 「私に何の用だね」

 「僕が言わなくても、あなたはすると思う」

 そう言って天使はいなくなった。




 華やかな年末。どんなにきらびやかな街もジャックにとっては意味がなかった。なぜならフィーナのいない町は灰色でしかないからだ。彼が道端で泣いていると、そばで足を止める馬車があった。

 「君、どこか具合が悪いのか」

 ふくよかで優しそうな貴族の紳士が馬車を降りて訊ねた。

 「私は医者のロメルだ。診せてみなさい」

 「いえ、私はただ」



 ジャックは泣いていたとは言えなかった。ロメルはジャックの前にかがんでまず顔色から診ようとした。そして突然、凍ってしまった。

 「あなたは」

 「何です」




 フィーナは大晦日の昼下がり、ゼッケンから逃げた。冷たい空っ風が、着のみ着のままの彼女をあざ笑う。彼女は西部劇風の立ち食い蕎麦屋の門をたたき、助けを求めた。ゼッケンが追ってきた。そして彼女を玄関で保護した店員にまた説明した。

 「彼女いつも大げさなんです」

 「嘘言うな!」



 近くで馬車が急ブレーキ。貴族姿の青年が飛び降りてきた。ゼッケンはいらだって迎えうった。

 「何のご用ですか」

 「激情ぉぉぉぉぉぉぉぉ! ボン・バァァァァァァァァ!!」

 「あばびゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ?!」

 貴族が両手から巨大な光弾を繰り出し、直撃を受けたゼッケンがよくわからない奇声を発して、吹っ飛んでいく。フィーナは目を見張った。貴族の技で、立ち食い蕎麦屋が蒸発し、町の三分の二が丸剃りになった。

 「あなたはジャック!」



 ジャックは見違える姿で彼女の前に立っていた。

 「フィーナ、今度こそ結婚してくれ。おれは王子と生き別れの双子の兄だったんだ」

 「ええっ?!」

 「今の技は王家に伝わる神力だ。使い方を弟から教わった」

 「ジャック!」

 「フィーナ!」

 三分の二、丸剃りになった町を無視して、二人は見つめ合った。そして全ての人権を踏み倒し、熱望していた抱擁を交わし合ったのだった。最後に唇が重なる。エンディングテーマとスタッフロールが流れる。



(終わり)