「ねえ、覚えてる?」
観劇中に再会し、劇の大団円のあと彼と意気投合した私は、休憩所の窓際に二人で並んで切り出した。鳥がさえずるみたいに、しつこくない感じで……。出来てるかな?
親友は気を利かせてくれ、トイレに消えてしまった。持つべきものは友。私は彼に続けた。
「遠足に遅れた日のこと」
「ああ、おぼえてるよ。驚いた。あの日もこんな季節だったね」
彼はオレンジジュースをストローで飲みながら言った。
私はGWのくれた晴天のギフトに心から感謝を贈った。赤い屋根の休憩所の天井近くにツバメが巣を作ってエサを運んでいる。微笑ましい限りだ。私は彼にクスリと笑った。
「あなたの腕時計が遅れていて」
「本当に驚いたよ」
私と同じ、二十歳の宗十郎はやわらかく笑った。地味な私に比べて、長身で眩しい容姿。名前がちょっと古臭いのも懐かしい。
ああ、初恋の時も同じにときめいた。卒園してから十数年、別の彼との恋に敗れた私は、久しぶりに会えた初恋相手にかけてみるつもりでいた。今度こそ、理想の人と永遠を生きる。
「まさかサンタにジャーマンスープレックスをかけられるとは」
「サンタ?!」
私の声は裏返った。
「そうなんだ。夏服のサンタが遅刻は死に値するって、攻撃してきたんだ」
「どこで?!」
「あの日の夜、夢の中でだよ」
彼は遠い目で懐かしむように語った。
「サンタが頭突きを三連打繰り出してきたから、僕は回し蹴りで応戦した。するとサンタが数十メートル跳躍して、死の踵を落としてきたんだ。遅刻は許さんって。僕は火炎放射器でサンタを焼き付くしたと思った。でも奴は次の瞬間、僕の背中に子泣きじじいのようにおぶさっているんだ。僕の首を締め上げてきた。僕は首を360度回してサンタの顎を食いちぎった。そして血で血を洗う戦いの火蓋が切って落とされたんだ。サンタが目から怪光線を出したから、僕は口からキャノン砲を発射した。サンタが叫ぶんだ。『ファイヤ、ファイヤ、ファイヤ!』子供達に夢を贈るサンタはどこにもいなかった。僕はヨーデルを歌ってサンタの強襲をかわした。でもサンタが叫ぶんだ。『ファイヤ、ファイヤ、ファイヤ!!』僕にはもうわからない……」
「ねえ、本当にいいの?」
親友の早妃が私にたずねた。スラッと長身、ボブのウェーブヘア、団子っ鼻がチャームポイント。
「うん、なんか、どうでも良くなった」
宗十郎を一人置いてきて、私はさばさばと答えた。そして劇場を後にする。人生で頼りになるのは男ではない。友情だ。その日の悟りが全てを教えてくれた。
(終わり)
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