はじめに

こちらは、ブルーフェニックスシリーズの原型となった作品です。凪は旧作から、ジョーカー、ブルーフェニックスシリーズの主人公に昇格しましたが、涼子は最初からブルーフェニックスのキャラなんですね。




過去の携帯会社の嫌がらせを「涼子」という物語で昇華できる、と気がついたのはバスの中でした。暗い気持ちが一気に晴れたのを覚えています。


第一章

「海外ではスマホのカメラレンズにシール貼ってないと、盗撮されるのが当たり前って言うじゃないですか」

「あり得ません」




ケータイ会社、king旭宮宿店員は吉本実佐といった。あまりに突拍子もない話にあっけにとられた、というような顔をしている。涼子はおかしいと思って食い下がった。




「でも、TVで言ってたんです」

「でも、そういうことはあり得ません」

 




涼子は四〇、統合失調の診断を受けている。隣人の嫌がらせに困っていた。でも誰に相談しても妄想扱いされた。




スマホは初代を買ったばかりでPCはない。彼女はゲームをした経験もなく、ユーチューブも名前しか知らないIT弱者だった。



 

その後、ジャッカル検索で「スマホ遠隔盗撮被害」の実態と二段階認証対策、マイクブロック、カメラブロックアプリの存在にたどり着くまで、半年間に渡って勉強することになった。



彼女はADHDで、苦手なことには集中力が続かない。苦難の道のりとなった。

 



ある時、彼女はスマホのカレイストアアプリを初期化することを思い付いた。初期化ボタンを押すと実行前にメッセージが入る。




やれ、データが破損するだの、他のアプリが正常に起動しなくなるだの、本体からの脅しが多発した。彼女はそれでも実行した。

 



すると初期化は一瞬成功したが、直後に最新版のゴーストカレイストアが出没した。もう一度初期化しても同じ。




涼子は結局カレイストアを七回初期化して、初期バージョンに戻した。他のアプリに悪影響はなかったので、本体メッセージが本当に脅しだったこともわかった。数日後、ゴーストカレイストアがまた出た。

 



彼女はkingショップに出向いた。ゴーストカレイストアの存在について店員に相談する。

「無効化(初期化)出来ないんです」




店員は涼子のスマホを受け取って、何度も無効化ボタンを押した。必ず「有効」に戻る。




頻度は涼子が自宅にいる時よりひどかった。回数が多ければ今度はそれが「正常」になる。店員は言った。

「この機種の場合、これが普通なんです」

 



涼子は別の日もkingを訪れた。対応は男性店員、西川。彼女は相談した。




「kingブランドの重要アプリとウィルス対策アプリの同期をONにできません。OFFがあるならONがあるはずです。どうしたらいいですか」

「この機種は、OFFが正常なんです」

 



彼女は相談を続ける。ジャッカルカレイストア設定画面について。“設定”➡“端末の認証”をタップすると、端末の認定ステータスの要確認説明画面が開く。そこに確認の仕方が書いてある。




①ジャッカルカレイストアアプリ起動

②「メニュー」➡「設定」タップ

③「端末の認定ステータス」で、端末が認定されてるか、確認しますーー。

 



涼子は言った。

「“端末の認定ステータス”の表示が確認できません」

これについて、西川は説明した。

「“認証済み”が認定を受けていることを意味します」

「それでは説明文と違います」

「でも認定を受けています。証拠が無くても私が神です。“信じてください”」

 



涼子はウィルス対策アプリ内でのジャッカルアプリとカレイストアアプリの権限の異常についても相談した。




 

ーー『ジャッカルの権限』

 

位置の追跡

 

アカウントへのアクセス

 

電話帳へのアクセス

①電話帳の読み取り

②電話帳への書き込み

 

メッセージへのアクセス

①SMSの読み取り

②SMS送信

③SMS編集

 

個人情報の読み取り

電話機の状況、及び、識別情報の読み取り

 

広告ネットワーク

(ジャッカルアナリティクス)

①アプリ内でユーザーの行動収集

②デバイスあるいはモバイルネットワークの情報収集

 





ーー『カレイストアの権限』

 

セキュリティ設定の変更

 

アカウントへのアクセス

①アカウントリストの管理

②アカウント認証者として振る舞う

 

メッセージへのアクセス

①メッセージの受信

②メッセージの送信

③SMS、MMSの読み取り

 

個人情報の読み取り

①電話機の状況及び、識別情報の読み取り

 




ーー涼子にはジャッカルが何故電話帳に書き込みができるのか、カレイストアが何故アカウント認証者として振る舞うのか理解出来ない。そこに西川の回答。




「ウィルス対策アプリ開発元に確認してみないと、わかりません」

 



彼女はvpn接続アプリの相談もした。wifiとモバイルネットワークを安全に接続できるらしいので導入したが、その後、異変があった。



ウィルス対策アプリの中で、“wi-fiはvpnで安全に接続されています”という表示と、“wi-fiの検査を16日間実行していません”が同時に出る。




「それから、vpnアプリがkingで買ったホームwi-fiを“安全でないもの”として嫌煙しています。vpnアプリを解除しないと、起動条件がwi-fi接続のスマカメ画像を見ることができません」




西川は答えた。

「それは、スマカメとウィルス対策アプリ開発元に問合せてみないと、わかりませんね!」

 



涼子は西川にvpn接続アプリを導入してから隣人の嫌がらせが無くなったことを話した。




スマホにはwi-fiとモバイルデータ通信、ブルートゥース、接続方法が三通りある。今までの隣人はどれかを悪用してたのではないだろうか。



 

すると西川が尋ねてきた。

「どんな嫌がらせですか?」

「同じ道で同じ人とばったり会います。気持ち悪いでしょ?」

「え~、それはちょっとお」

彼はへらへら笑ってオーバーに首を傾げた。

 



涼子は答えるべきでなかったことを後から知った。警察でない人間が犯罪相談受付を買って出たら、相談内容が身体的暴力でない限り「結局犯罪じゃなかった」と結論を出すのが普通だ。




暴力に関する無知と相談者を安心させようとする心理から起こることだが、結果的に否定でしかなくなる。

 



彼女は彼に偽コメゾン被害にも困ってることを話した。

「状況証拠が揃ってるではないですか。wi-fiに問題があるか、遠隔盗撮被害か、マルウェアがありますね?」




彼は答えた。

「めったにないことです。それからわが社のwi-fiに間違いはありません」

「あなたは神ですか?」

「神ですよ?」

第二章

涼子は自宅に帰ってwi-fi接続を確認した。スマホを操作してないのに目の前でON-OFF-ONに切り替わった。




アプリの同期を確認すると、やはりON-OFF-ONに切り替わる。




防犯カメラのタマカメも、操作してないのに暗視モード、通常モードに繰り返しカチカチ切り替わった。彼女が第三者と会っている時はこれらの現象が起こらない。



 

彼女は家族に相談した。

「嫌がらせを受けているの」

「病気だな。お前って結局そうだよ」

彼女は精神科に連れて行かれた。




彼女は医師に話した。

「大勢に盗撮されてるんです」

「あなたはそれほど重要な人物なんですか?」

涼子がそれでも盗撮被害を訴えて回ると、家族にうるさがられ病院にぶちこまれた。

 



三年後に退院すると涼子はやはりスマホトラブルに遭うようになった。彼女はケータイショップkingに相談に行く。

「遠隔されてるんです」

「めったにないことです」

涼子は誰にも相談出来なくなったので、首を吊ってこの世を去った。

 



king裏工作員達はこの知らせを聞いて、翌日宴会を開いた。西川も参加した。彼らは盗撮映像を海外に売って外貨収入で生計を立てていた。




ターゲットが死ねばもう訴えられる心配はない。涼子達の自殺は作戦成功を意味していた。

 



酒が回ってくると宴席はバカ騒ぎになった。

「ターゲットが重要人物である必要は無いんだ。一般人でもヌード出せば売れるから」

「あははははは、『めったにないことです』! なんて愉快な言葉なんだ」




「ケータイ会社が対処しないのは、客を否定してるのと同じ! でも客はそれに気が付かない」

「ケータイ会社店員と同じ知識で遠隔被害の証拠をあげてきたら対処してあげるよ。出来たらの話だけどね!」

 



発達障害は狙いがいがある。彼女達は友達を作れないだけで、一見、普通の人と変わらない。ヌード女優としていくらでも使えた。

 




機能不全家庭の被害者はもっといい。家庭の加害者は支配の言い訳を求めている。




工作員が加害者家族に被害者が精神病だと入れ知恵すれば、家族は工作員に変わって生き生きと被害者を支配してくれる。集団ストーカーと機能不全家庭は切っても切り離せない。

 




栞は呆れて本を閉じた。

「なあにい? アンハッピーエンドだったのお? つまんなーい」




彼女は二十五歳。一年前から付き合っている光一の家でデート中。彼の部屋で座蒲団を広げ、おやつをつまんでいるところだった。彼は笑った。




「だろう? 集団ストーカーなんてめったにいないのに」

「そうだよね! めったにいないよね」

「いないとは言ってないんだ。いるけどめったにいないんだよ」

「そうだね! めったにいないよね」




栞は光一が大好きだった。彼は言った。

「その作者、統合失調なんだって」

「何だ、病気じゃ仕方ないか。かわいそうな作者」

 



栞はその後、スマホトラブルに度々遭うようになった。アプリの同期画面を開くと、操作してないのにON-OFF-ONに切り替わる。第三者に見せる時は正常なのに。




 

栞は家族に相談した。

「盗撮されてるの」

「病院に行こう」




栞は統合失調の診断を受け、家族に入院を強要された。その後、病院に光一が面会にやって来た。栞は訴えた。




「光一、私、統合失調じゃない! 集団ストーカーに遭ってるの」

彼は彼女の肩を抱いた。

「落ち着いて。めったにないことだよ」




「でも、ないことはないでしょ」

「ないとは言ってないよ。でも、僕の好きな時に好きなだけ“あり得ないんだよ”。信じて欲しいなら証拠出しな」



彼女は戦慄して彼を見上げた。彼は爽やかに微笑した。

「統合失調は人間じゃない。気の毒な〇ルだ。〇ル、慰めてあげるよ。元気出しな?」

 



彼女は彼と別れた。退院した後もスマホトラブルに遭い続け、ケータイショップに通った。

 



kingの窓口はカウンター席になっている。客は足の高い席に座り、店員は立って対応。栞は訴えた。




「遠隔されてるんです」

「めったにないことです」

店員清川の答えに、栞が泣きそうになった時だった。




「あるんですか、ないんですか」

知らない女性が清川とのやり取りに割って入った。清川が驚く。




「あなたは」

「姉です。店員さん、無いなら証拠を出してください」

「それは」




清川は口ごもった。女性は栞のように座席に着かず、栞の脇から彼の前に立ちはだかった。




「スマホが安全な証拠が出せないなら、対処してください」

清川は形勢の不利に動揺していた。

「しかし、まだマルウェアがあるとは決まってないから」

「じゃあ、無いと言ってください」

「無いとも決まってないから」

「グレーゾーンで客に帰れと言うのは、有識者の暴力です。あなた、プロでしょ」




女性は華美な服装はしていなかったが、胸に紫の薔薇のブローチをしていた。栞は彼女の名がわからなかったので内心でバイオレットと名付けた。この先の展開にハラハラした。

 




清川の後頭部がメリメリと音を立てて膨張した。

「ですからーー“あり得ないんです”!」




バイオレットは涼しそうに指摘した。

「それも曖昧な表現です。あった時は『稀なケースだった』と逃げられますね?」




清川の頭はバスケットボールの二倍に膨らんだ。余裕のバイオレットと反対に、顔を真っ赤にしている。




「“私が無いと保証します! 信じてください!”」

「そのワードが来ると思いました。“私達はケータイ会社の信者ではありません”。保証するなら稀なケースも絶対起こらないと保証してください」




「絶対とはーー」

「じゃあ、稀なケース、あるんですね?」




清川の頭がメリメリ膨らむ。今度はバランスボールくらいの大きさになった。




「“スマホに絶対安全は無いんです”!」

すかさずバイオレットが切り返す。

「その台詞は対処した後に使うのと前に使うのとでは、意味合いが違ってきます。絶対の安全がないなら、どうして“私が保証します”と嘘ついたんですか?」




栞はあまりの清々しさに、斧が竹を真っ二つに割る音を聞いた気がした。清川は苦しんだ。




「それは」

バイオレットは言った。

「顧客の不安に対処するか、絶対安全な証拠を出すかどちらかです。選択肢は一つしかありませんね?」




「しかし、対処と言っても、ウィルスがあると決まったわけでは」

「仕事しないで口ばかり回るようですね。無いと決まったわけでもないんでしょ」




「だって」

「あなたはプロです。事態をグレーゾーンのままにして逃げられませんよ。仕事してください」




清川は大量発汗を始めた。苦しそうに呻いた。

「仕事しちゃいけないんだ」

バイオレットは甘い顔はしなかったが、優しく尋ねた。

「どうして?」

「掟だから」

「でしょうね。でも許しません」

「うっ、うっ、うっ……」




清川の頭は気球と同じくらいの大きさになった。もうパンパンだ。頭のてっぺんは既に天井に密着し、圧迫を始めている。

 



ショップの客と店員は、旧知の仲のように足並みを揃えて店の外へ走り始めた。バイオレットは清川に尋ねた。

「他に言葉のトリックは?」

「今、検索を」

「そう」


 

バイオレットは栞を席から立たせた。空いた椅子を何故だかカウンターの奥にしまわないで、脇によけた。

 



次にブローチを外して、清川の額を安全ピンの針で突いた。途端に彼の頭が爆発した。バイオレットは栞の肩を後ろから抱いてカウンターの下に伏せた。



 

栞は地鳴りに動揺したが、kingショップの崩壊は短時間で終わった。




天井は崩落する前に吹っ飛んでしまったので、栞達は生き埋めにならなかった。バイオレットが立ち上がったので栞も恐る恐る続いた。

 




カウンターの反対側に首から上がなくなった清川が立っていた。ショップ崩壊にに巻き込まれなかったようだ。メスに喰われたカマキリのオスの末路のようだった。

 



バイオレットはブローチをもとの場所に着け直している。栞は尋ねた。

「あなた誰」

「涼子」

      

第三章

その日の夕方、king裏工作員の西川達は誓いの間で大会議を開いた。




「大人しくヌード女優やってればいいのに、噛みついてきた」

「自己愛性人格障害だった。そうじゃないかと思ったんだ」

「ターゲットはみんな統合失調。都合が悪い時は自己愛性人格障害」

 



分析すればするほど彼らは結束できた。法が裁かない悪は集団ストーカーが裁くのだ。彼らは大勢で手を汚さず精神病患者を自殺に追い込む、プロのダークヒーローだった。



 

入って来る外貨は正義の裁きのちょっとした見返りだ。しかしちょっとしただけの外貨が彼らの人生の全てを握っていた。愛憎はそこから生まれた。



 

「おれはローンも残っているし、家族も養ってる。外貨が入らなければ破滅だ」

「おれだって来年奥さんが初産なんだよ」

「おれだって母さんが病気で」




彼らは忙しく手をこすりあわせ始めた。

「殺そう? ぶんぶんぶん」

「あの二人殺そう? ぶんぶんぶん」

「殺さないとおれたちが食っていけない。ぶんぶんぶん」

「二人には何としてもヌード女優として人生を終わってもらう」

「必ず自殺させる」

「どんな手を使っても必ず。ぶんぶんぶん」




彼らは身体の熱で息が弾みはじめた。興奮が高まってきた。身をよじらずにはいられない。

「ウッ」

「アッ」

「ンッ」

彼らの背中がミリミリ裂けた。全員順繰りに脱皮して、巨大なハエの成虫になる。

 



誓いの間のからくり天井が、プレゼントボックスの蓋のように開いた。



彼らは飛び立つともう結束がたまらなく嬉しくて、空中遊泳中、何人かがムヤミに膨張し始めた。西川もその一人。

「おい、まだ早いよ」

先輩につつかれると、彼は快感で我慢出来ず、破裂してしまった。

 



同じ頃、栞は涼子と手を繋いで帰り道を歩いていた。

「涼子さん、自殺したんじゃなかったの?」

「あれはただのフィクション」




夕焼けは鮮血のように広がった。道端に群生するクローバーは真紅の恋に燃え上がる。太陽は定刻を過ぎたら西の空でくだけてしまいそう。何か解決した訳ではないが、栞は楽になった。

(終わり)