誰も信じない

1

作者が書き忘れやすい情報。

季節、天気、時間、場所

キャラ容姿、服装、立つ座る跳ぶ

カラーリング(色彩設定)

沙綾の仕事(就労移行支援施設→デイケア)

あと、時々視点の統一をミスする。




「名取さん」

日本の病院会計受付は美しい女性が多い。正午前に呼ばれた沙綾は、次回予約を済ませて精神科を出た。統合失調の診断を受け、生活保護を受給していた。




暖房きいた薬局を出ると、真っ青な空を冷たい風が切り裂いていた。寒さで肌がちりちりする。息が白い。季節は冬。街路樹の下を通ると、歩道の横に生えた雑草に朝の霜がくっついて残っていた。




統合失調は幻覚幻聴があり、妄想発言するもの、と日本では一般に解釈されているが、沙綾はマイナーな方の症状でかなり苦しんでいた。スマホPCを触る、或いはの専門書を読むと頭に電流が走り、拷問を受けたかのように辛い。




彼女は就労移行支援施設で働いている。統合失調の他に発達障害のADHDでもあり、ADHDの方の聴覚過敏のため、仕事の手順は書いてもらわないと理解できない。




「おはようございます、名取さん」

「おはようございます」

「寒いですね」

「本当ですね」




20代の沙綾より、10歳くらい上のスタッフ、内田は丸顔で、平安時代だったらモテモテだったのでは、というような容姿をしていた。そして、極端に声の小さい人だった。

「うちなんかもう、○☓▲○☓で、昨日なんか、○%&♯ですよ!」

それなのに、おしゃべりが大好き。

沙綾は全然聞こえない。



施設で内田に気に入られてしまい、沙綾に仕事を回す人が、ずっと内田になった。

「あなたの声、全然聞こえないので書いてください」

「わかりました!」

内田は快く席について、書き始めた。張り切っている様子。




周囲では、メンバーが次々と仕事を進めている。

「名取さん、仕事わからないこと、ある?」

「今、内田さんが対応してくださっています」

「そうですか。わかりました!」

声のよく聞こえるスタッフはそうやって、沙綾から離れていった。




スタッフの間では、沙綾は内田が好きで、内田は沙綾のために書く担当になったのだと、暗黙の誤解が生じていた。



沙綾は就労以降支援施設の幹部に直談判した。

「内田さんを私に近づけるの、やめてください」

「どうして」

「声がまったく聞こえないんです。他に声のよく通る人がいるから、その人達から仕事を習いたいです」



「しかしねえ、メンバーさんの担当指定は出来ないんだよ。男性が恐い、という相談だったら、女性担当をつけられるけどね」



「それから、聴覚過敏の話を通してるのに、内田さん以外、仕事内容を書いてくれる人がいません」

「そこは自己申告制にして欲しいんだ」



沙綾は完敗して職場に戻った。声の通るスタッフが言った。

「名取さん、今度は二階の仕事に回ってもらえますか?」

「ああ、わかりました」

「エプロンとそれから、雑巾、手袋はそっちです」

「はい!」

会話がここまで通じるのだからと、内田以外のメンバーは、仕事内容を沙綾のために書いてはくれなかった。



終業時間を迎える。

「これ、名取さんがやったんですか?」

内田が近づいて話しかけてきた。

「はい」

沙綾はビクビク答える事になる。

「凄い器用ですね! どこかでこういう仕事なさっていたんですか?」

「いいえ、全然」

「すっごい! 完璧ですよ! 私なんか、☓□○◎%∧∩で、地元の駅だと◎○●☓☓で、やっぱアニメと言ったら○●◎☒◆□」

内田はキャッキャと喋りつづける。90%聞こえないのだ。世間話を書いて伝えてくれとも言えず、あんたの話に興味ないとも言えず、沙綾は弱り果てていた。



そのうちに、仕事を理解しに行ってんだか、内田を理解しに行ってんだかわからなくなる。沙綾は生活保護受給者だ。生活課の担当職員、函館に相談した。

「パワハラ被害に遭っています」

「落ち着いて。お薬は飲みましたか?」

その後、医療従事者にも相談したが、やはり、薬を飲んだか確認されただけだった。



統合失調患者に人権はない。これは、DV被害者にも児童虐待被害者にも言えること。



社会の真実は『対処したくない』。統合失調患者が被害妄想するという、蜜のような事実があれば、すぐさま解決に利用するのである。



同じ年の夏、沙綾は内田のせいで、半分ノイローゼ状態になって、就労移行支援施設をやめた。大型精神科明星病院に付属する、デイケア通いに切り換える。



2

沙綾は歯科に通っていた。腕のいい医師が担当になり、治療はスイスイ進んでいた。


しかしある時、担当が変わる。

「野山先生は?」

「すみません、先生は現在、海外に留学中です」

沙綾は、やはり腕のいい医師は見てる人がいるんだな、と自分の事のように嬉しく思った。


「では今日からよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

小太りの中年医師は名乗らなかった。名札は患者が確認しにくい横腹に着けてあり、田村と書いてあった。



沙綾の治療は野山から田村に引き継がれた。沙綾が確認した。

「今日は削った歯に詰め物ですよね」

「その予定です」

沙綾は診察台に横になって口を開けた。

「名取さん、詰め物の前に、奥歯に虫歯があります。ここは治してゆきましょうね」

田村はアシスタントを使わず、全て一人で歯の清掃を開始した。沙綾の口の中に水が溜まった。普通はアシスタントが吸引するが、田村は水溜りを無視して、歯を削り始めた。

「痛かったら言ってくださいね」

沙綾の脳に激痛が走った。

麻酔をしなければならない所を田村は薬無しで削っていた。沙綾の全身が痙攣するが、今叫んだら口の中の水で窒息する。

「……!」

「はーい。今、嫌なトコやってますよー」

「……!」

「はーい、嫌なトコ、やってますよーー」

拷問の時間は気が遠くなるくらい長かった。

「終わりました」

考えて欲しい。レイプされた直後の女性がその場で怒れるか。

沙綾は、自宅に帰ってから3ヶ月寝込み、泣いて暮らした。

「医療被害を受けた患者をサポートする機関は無いんですか」

「無いねえ」

訪問看護師は答えた。

沙綾はどこにも電話相談出来ず、泣き寝入りすることになった。歯の治療は途中だったが、もうABC歯科に行こうとは思わなかった。


看護師に新しい歯科を紹介される。

「ここはカウンセリングが丁寧で有名よ」

沙綾は新しい村元歯科に出向いた。



カウンセラーは30代くらい。名札に「広田杏奈」と書かれていた。

「治療途中と聞いています。どのような理由で転院されたのか、教えてくださいますか?」

「麻酔が必要な治療を、麻酔無しでされました」

「あらー、そうなんですかー」

「口の中に水が溜まったままにされて、叫ぶ事ができませんでした」

「ええ〜……?」

杏奈は信じられないという顔をしていた。

「ご自宅は近いのですか?」

「いいえ、通院先が近いんです」

「どちらの病院で」

「明星病院です」

このかいわいでは、明星病院は大型精神科で有名である。沙綾は答えたくなかった。

杏奈は猟犬が食いつくように尋ねてきた。

「ご病名は」

「言う必要、あるんですか」

「はい。治療に必要な時があります」

「統合失調です」

「あらあ、そうですかあ!」

杏奈はたった今大便が出た、というような、醜悪な笑み浮かべて大納得して見せた。全て、沙綾の被害妄想にされた瞬間だった。



沙綾は自宅に帰って、また泣いた。日本の統合失調患者に人権はない。患者が少しIQの高い発言をすると、被害妄想扱いされ、黙らせられるのが普通だ。



3

(沙綾の視点)

沙綾と生活課職員、函館のやり取り。

「通所中、電車で痴漢に会うんです」

「そうなんですか」

「その犯人が、佐本急便の配達員として注文するたび、現れるんです」

「そうなんですか」

「その犯人が、薬剤師で、毎回私の薬の担当をしてるんです」

「名取さん、お薬は飲んでますか?」


沙綾は自宅に帰って泣いた。全部事実だ。彼女は、集団ストーカーの攻撃に遭っている。しかし、その発言をすると、薬を飲んだか聞かれる。



彼女はもう3年くらい、SNSで被害告発記事を書いていた。


キンコーン

インターホンがなる。

今日は大家堂のネットスーパーに、5キロの米と、他諸々の注文をしている。

沙綾は、玄関に出た。吉川が立っていた。

痴漢で薬剤師の吉川だ。

今度は佐本急便ではなく、大家堂、桜アニマルの配達員として現れた。

「よく会いますね」

「偶然です」

吉川はさも働き者であるかのように答え、若い女性の嫌がる笑みを浮かべた。


「入れちゃいますね!」

吉川は沙綾の身体を押しのけて、沙綾宅に上がり込んだ。

「待って!」

「ええ〜?何ですかあ〜?」

吉川は返事だけして嫌がらせをやめなかった。

米を持って、部屋の中を物色。「どこに置こうかなあ!」

角ハンガーに沙綾の下着が下がっているのを発見し、よだれの出そうな顔で沙綾を振り返り「えっへっへ」と笑った。


ゴキン。

瞬間、吉川は米ごと床に沈黙していた。

沙綾が見たこともない若い男性から、コークスクリューを食らったからだ。しかし、若い男性は、よりにもよって沙綾宅のクローゼットから出てきた。

「痴漢!」

「やっ、違う」

「痴漢が二人!」

「違うってば」

「ちょっと凪!何やってんの!」

その時玄関にいた沙綾の後ろから、知らない女性が現れた。痴漢2号と同じ、青い制服姿で、極端に短いポニーテールをしている。

「窓から入ったら感謝されるでしょ!」

「いちいち実弾で破壊できないよ!」

凪と呼ばれた青年が、弱ったように女性に弁明している。


三つ巴の口論となった結果、沙綾は、凪と呼ばれる青年を始め、青い制服の彼らはブルーフェニックスという組織だと理解した。


「武装福祉組織……?」

「はあ、あなたのSNSを拝見しまして。来てみたら痴漢に襲われていた次第」

凪が片手で自分の後頭部をおさえ、ペコペコしながら、腰低く説明。細身長身小悪魔的な容姿が台無し。

「なんでクローゼットから出てくるの?」

「吉川の軌跡を辿って先回りしていたんです」

「まあいいか……」


沙綾はその後、ブルーフェニックスのサポートで、集団ストーカーからの盗撮盗聴、スマホハッキングを全て封じる事ができた。






4

ブルーフェニックスの小柄なボブカットヘア女性隊員、屋形ちまの出番。

内田の声だけがよく拾える特殊機械を耳に埋め込んで就労移行支援施設に入所する。



(ちまの視点)

「おはようございます」内田。

「おはようございます」ちま

「暑いですね」

「そうですね」

「うちなんかもう、☓☓で◆□▣なのに、もう洗濯物が○○◎▲で」

「それはやっぱり◎○▣▲☓☓☓で、☓☓だと思うから、更に○◎☓◆◎☓☓!」

内田が一瞬凍りつく。

「で、では、私はこれで」

詰め所に逃げて行った。

仕事開始のチャイムがなる。内田はちまを避けるように働いていたが、ちまが彼女をマークする。


「内田さん!私、☓☓○◎で、▲な気持ちがあって、更に☓☓☓☓○◎●▲△■」

「は、はい……」

内田がビクビクして答える。

「だからとっても●●△なんです!」

「は、はい、わかりました」

内田は、慌てて他の部署に回る様子。

「内田さん、ちょっと待って。◎◎なことは、☓☓☓で、更に☓☓なことは、どうしたらいいんですか?」

内田は泣きそうになって言った。

「ごめんなさい、よく聞こえないので大きな声でもう一度お願いいます」

「わかりました!○☓☓☓☓■▲◇○◎」

普段無口と言われるが、これは仕事中。ちまは内田に向かって、身振り手振りで、盛大に喋り倒す。「で、●◎☒なんですよ」


「や、屋形さん、私語は厳禁ですよ」

「何言ってんですか、仕事の話ですよ。まずエプロンとかいうやつは、●◎☒●◎☒▲◇◇☓☓☓で、更に●◎☒●◎☒☓☓☓!」

「ひーん!」

ついに内田は泣いて詰め所に逃げて行った。


翌日もその翌日も、内田はちまにマークされ、とうとう退職に追い込まれた。




『あなたの話は聞こえないので、他を当たって下さい』



内田はこの一言が言えなかった。なのに、自分が聞いてもらう時は気持ちよくて、沙綾を退所に追い込んだ。もともとコミュニケーション能力に問題のある人だったのだ。福祉の仕事自体向いていない。





5

(田村の視点)


歯科医師として、沙綾に攻撃した田村。

探偵に付け回さるようになる。

(同業者……?)

危険を恐れて友の会幹部に相談する。

「友の会が2つもあるわけ無いじゃないか。気のせいだろう」

相手にされなかった。


沙綾をターゲットにしていたのは友の会。

人権が保証された現代、人権のない人間の需要は何処の国でもあるのだった。



もともと素材の良いターゲットを統合失調工作に陥れ、醜くぶくぶく太らせ、失明させ、最後に自殺させる拷問データは、各国の科学者、心理学者、変質者に人気があった。友の会は、別名、死の商人の会と呼ばれる。



その後、田村は街ぐるみの嫌がらせを受けるようになり、ある時記憶が飛んで、目を覚ました時は浜田公立大学病院閉鎖病棟の中で、ベッドに拘束されていた。



若い主治医は若鷺といった。

「自分のこと、どのくらいわかってる?」

「オレは正常だ。家族に会わせてくれ」

「うん、もうちょっとみたいだね」

若鷺は細身長身、絵画の中の聖職者のような透き通った肌をしていた。


翌週も田村はベッドにがんじがらめ。若鷺がやって来る。

「自分のこと、どのくらいわかってる?」

「全然わからない」

「じゃあまだまだだね」


翌週も若鷺はやってきた。

「自分のこと、どのくらいわかってる?」

「統合失調です」

「わかったようだね。じゃあ情報提供してあげる。君はマンション5階から飛び降りたんだ」

「やってない」

「うん、まだまだみたいだね」



若鷺は翌週も、やって来た。

「自分のこと、どのくらいわかってる?」

「飛び降りました」

「わかればいいんだよ」

若鷺は冷酷に言うと、さっさと部屋から出て行った。



(牧田の視点)

仁と一緒に浜田公大に医師として潜入していた牧田は、自分の仕事を終え、軽い外出を理由に私服で正面玄関を出る。そして、駐車場の黒い車の中に滑り込み、そのまま発車。ブルーフェニックス本部に戻る。

田村にはおそらくインク弾は必要ないだろう。

この先、統合失調患者として、永久に発言権を奪われ生きてゆくのだ。


6

(杏奈の視点)

歯科カウンセラー、広田杏奈。

彼女は探偵に付け回されたあと、街ぐるみの嫌がらせに遭い、一瞬記憶が飛んで、気がついた時は浜田公立大学病院の閉鎖病棟でベッドに拘束されていた。

「私は正常です。ここから出して」

「うん、まだまだみたいだね」

このやり取りが2週間続いた。


翌週も主治医の若鷺はやってきた。

「自分のことどのくらいわかってる?」

「統合失調です」

「わかったようだね。じゃあ情報提供してあげよう」


その後杏奈は浜田公立大学病院を退院する。

更に悪いことに歯が痛くなり、歯科受診した。

「担当の松田先生は現在海外留学中です」

「そうですか」

「代わりに私が担当します」

「よろしくお願いします」

そして、麻酔なしで歯を削られるという、虐待を受ける事になる。


杏奈は治療途中だったが、次に何をされるか恐ろし過ぎて転院した。

新しい歯科はカウンセリングに力を入れていた。杏奈はカウンセラーに被害を訴えた。カウンセラーは信じられないと言った様子。

「ご自宅は近いのですか?」

「いいえ、通院先が近いのです」

「どこですか?」

「明星病院」

「どんな病名で?」

「必要あるんですか」

「そういう時もあります」

「統合失調です」

「あらあ、そうですかあ!」

カウンセラーはたった今大便が出たと言うような醜悪な笑みを浮かべて大納得して見せた。

「キャアァァァァァァ!」

杏奈は悲鳴を上げて飛び起きた。自宅のベッドだった。

寝室の隅に青い制服の青年。



「あんたね、名取さんに同じ事やったの、覚えてる?」

「私は悪くない。ただ、精一杯カウンセリングを……」

「そう思うなら、カウンセラーと看護師免許をブルーフェニックスが停止する。もう一度、看護学校からやり直しな」

青年(凪)は去った。


7

(正樹の視点)


函館正樹は、沙綾のカウンセリングをした、区役所生活課職員。

ある時探偵に付け回され、その後、街ぐるみの嫌がらせに遭う。一瞬記憶が飛んで、気がついた時は浜田公立大学病院の閉鎖病棟でベッドに拘束されていた。

主治医の若鷺は毎週やってきて、彼に「まだまだみたいだね」と言って去って行った。

5週目になった。 

若鷺

「自分のことどのくらいわかってる?」

「統合失調です」

「わかればいいんだよ」


正樹は退院した。

その後も街ぐるみの嫌がらせを受け続ける。

働けなくなり、生活保護を受給するようになる。生活科の女性担当職員に相談に行った。

「通所中、電車の中で痴漢に遭います」

「痴女じゃなくて? あなた男性でしょ?」

「ネットスーパーの配達員から嫌がらせに遭います」

「はあ」

「その配達員が薬局で、僕の担当の薬剤師なんです」

「函館さん、お薬は飲んでいますか?」

「飲んでるに決まってるでしょ!」

正樹はキレた。

「函館さん、落ち着いて、誰か来て!」

正樹は複数の男性職員に取り押さえられ、救急まで呼ばれ、精神安定剤を打たれた。



正樹は一人暮らしだった。自宅に戻された後、悔しくて部屋中を刃物で刺して回った。

更におさまりがつかず、深夜、松明を持って、夜の街を走った。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

正樹は警察に保護された。その後、閉鎖病棟送り。

彼がベッドにがんじがらめに拘束されてると、ある晩、病室に知らない看護師の青年が現れた。細身長身、小悪魔的な容姿。黒い鞄を斜め掛けにしていた。



「名取さんの気持ち、わかった?」

「あんた、誰だ」

「ブルーフェニックス隊員、御門凪」

彼は正樹の拘束具を、鞄から出した武具で取り外した。

「あんたの退院権は、ブルーフェニックスで保証しよう。でも統合失調患者として戦ってもらうよ」

凪は鞄から更に書類を取り出して、正樹に渡した。

「はい、人権団体の連絡先。期待してるよ。自分に法知識があったことに感謝するんだね」




(凪の視点)

凪は正樹の病室を出た。翌朝、正樹がベッドから降り、そのベッドが鋭器で荒らされてるのを女性看護師が発見するが、問題にはならなかった。病棟に潜入したブルーフェニックスがもみ消したからだ。




正樹はその後、穏便に退院する。この先はケースワーカーの知識で、自分の人権のために死ぬまで戦うことになる。




8


「それはそうと、お仕事、どうしよう」

沙綾は、ブルーフェニックスの保護を受けた。しかし、就労移行支援施設にADHDへの理解があるところがなく、デイケアで通っていた明星病院も最近インク弾で水色になってしまった。




「ハローワークは更にハードルが高いし……」

行き詰まった彼女はブルーフェニックスケースワーカーに相談する。



若いケースワーカー臼井は答えた。

「発達障害の自助グループに入りましょう。仕事に焦らなくていいんです」

「でも、みんな私を役立たず思ってる」

「役立たず言ったの、誰ですか?」

「母さん」

「何て言いたかったですか?」

沙綾は泣いた。彼女の自尊心を取り戻すカウンセリングが始まった。解決はこれから、ずっとずっと先。まるで日本の未来のように。

(終わり)