山の王様

前編

「醍醐直美」

「どうして汚いんだ」

空地では手に手に棍棒を持った人々が彼女を殴りつけていた。

「きれいになる努力もしないで」

「許さない」




直美は人間に化けた妖狐だ。人里で病んでしまい、反撃の仕方を忘れてしまった。自信と同時に妖力を失い、常に人々から憎まれていた。

 



近くでカラスが民家からくすねた生肉を散らかして昼食をとっていた。責める人間がいないことに増長し、更なる戦利品を探しに飛び立つ者もいた。

 



空にはどんよりと悪意がたれこめ、風が塵を舞い上げて直美をせせら笑い、野の花は陰口に色めき立っていた。

 




旅の男は村の住人が総出で若い女性を攻撃しているのに遭遇した。彼ら中に入って、一人に声をかけた。

「余は山の王様、暁光(ギョウコウ)じゃ。そなたは何という?」

「何だ、王様か。おれは与一」

「彼女、死んでしまうよ」

「こいつは妖狐だ。何やっても死なないんだよ」





暁光はそこについてまず安心した。

「彼女は何か悪いことをしたのか?」

与一は棍棒を下ろしていまいましそうに答えた。

「直美はな、人を幸せにしようとしないんだ。きれいに生まれたくせに勝手に汚くなりやがって、努力しない最低女だよ」





暁光は不思議に思った。

「きれいな女性は努力して人を幸せにしないといけないのか?」

口々に答える声があった。

「当たり前じゃないか。彼女は持っていた。おれたちは持たざる者だ」

「ちくしょう、あんなに恵まれていながら」

「そうだ、勝手に不幸ヅラしやがって。勝手に! 笑え、〇ズ!」

与一も罵って直美の背中を蹴飛ばした。




暁光はもっと不思議になった。

「彼女が笑ったら、そなた憎むじゃろ?」

「当たり前じゃないか。全部直美が悪いんだ」




人々は一致団結して棍棒を振るった。与一も熱夢の世界に溶けていった。

「みんなに愛されて。おれなんか愛されたこともないのに」

「愛されたくせに」

「愛されたくせに」

「感謝の仕方を教えてやる」

「ははははは! 祭り、祭りい! 痛みの教育してやろうぜ」

 



直美は与一に話しかけた若い男を見て、相手が一人増えたと思った。新参者は持ち手の方がうねった変わった棍棒を持っている。ある時それをかざしてくるりと回した。

 



途端に加害者達は子犬の大きさに縮んでしまった。異能者は悲鳴を上げる小人の群れを棍棒で脅かして追っ払ってしまった。直美が棍棒と思った物は異能者の杖だった。




「大丈夫だったか。余は山の王様、暁光じゃ」

彼は直美の前にしゃがんで地面に杖を置き、笑いかけてきた。




彼女は上体を起こし彼を牽制するため睨んだ。しかし彼はそのことに頓着しなかった。

「そなたは左目がとれておるのか。もったいないのう」

彼はしげしげと見つめてきた。

「もったいないのう。どうして醜いのだ?」





彼女は彼が憎くなった。しゃしゃり出てきた偽善者に言ってやった。「金がないからだよ」

「なるほど、そうか」





彼は両手で水をすくうような形を作った。するとそこから金の破片が溢れ出し、みるみる地面にこぼれた。「全部やろう。余は山の神に祝福されておるのじゃ。これでそなたはきれいになる」





彼は彼女に期待の目を向けてきた。二分経った。彼は首をかしげた。

「どうしてきれいにならないのだ?」

「憎いからだ」




彼女の返事に彼は眉根をよせた。不服そうに口も尖らせた。

「余は鈍いのじゃ。金がないからというのは嘘じゃったのか? 言いたいことははっきり言ってくれないと困る」

「あっち行きな」




彼はあきらめなかった。

「憎いならそなたを傷つけた人間から目玉を取ってきてやろう。それをつければ元どおりじゃ」

「そんな汚らわしい目玉、要らない」




「よし、じゃあ余の片目をやる」暁光ははりきって提案した。「余は山の神に祝福されておるのじゃ。取っても取っても目玉なんて生えてくるから」





彼女は立ち上がると彼に背中を向けた。

「まって」

その手を取られて彼女が振り返る。追いすがってきた彼は、もう片手で懐から何かを出した。まんじゅうだ。

「おやつなら良いじゃろ」

彼は返事を聞かずに彼女の顔に甘味をはりつけた。

 



彼女はまんじゅうが潰れて悲惨なことになると思ったが、甘味はなくなり、視界がパッと広くなった。彼女が自分の手で顔を確認すると左目が元どおりついていた。彼は言った。

「きれいか汚いかはさておき、無いと不便だったじゃろ?」




彼女は彼の異能に形のわからない恐怖を覚えた。咄嗟に口から火を吹いた。

「あっちゃっちゃっちゃ」

彼は服から火を消すために転がり回った。その隙に彼女は逃げ出した。背後から彼の声。

「待って直美」


 

 


 

後編

直美が村はずれまで走ると、突然地面からメキメキと木が生えた。あっという間に巨木になり、枝には暁光が乗っていた。

「待ってくれてもよいではないか」




山の神の子とはこういうものらしい。直美は手刀で幹をかっさばくと、宙返って時の狭間をこえ、二つ隣の山に移動した。しかし、着地したのは彼女だけではなかった。




「よいではないか」

暁光が付録だった。彼女は手のひらから衝撃波を出して彼を吹っ飛ばした。

 




地面を蹴ってもう一度宙返り。近くの楠の影を液化して地中に飛び込んだ。影の海を渡って三つ隣の山に移動する。大蛇を召喚するとそれを乗り物に、更に東に向かった。

 



ある瞬間、後ろに重みを感じて振り返ると、暁光が同乗していた。彼は彼女の両肩をつかんで、彼女の胴体も自分の方へ振り向かせた。

「よいではないか」

彼女は身の危険を感じ、衝撃波で彼を吹っ飛ばした。

 



次の山は満開の春の花で彩られていた。彼女はそこを走った。向かいの空から何かが飛来してくる。鳥のように両手を広げた暁光だ。

「よいではないかぁぁぁぁぁぁっ!」

彼女めがけて無駄に旋回して迫って来る。彼女は衝撃波を繰り出した。

「まぶたぁぁぁぁぁぁ?!」

直撃を食らった彼はきりもみして飛んでいった。奇声が斬新だったが死人の遺言に用は無い。

 



次の山は紅葉に燃え上がっていた。彼女はそこを走った。

「よいではないかぁぁぁぁぁぁ!」

彼が空から襲来して来る。




山の神の子が空を飛行できるところに違和感が大爆発しているが、ツッコんでやる義理は無い。彼女は衝撃波を繰り出した。

「たらこぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」

彼はきりもみして飛んでいった。




 

次の山は嵐が逆巻いていた。彼女はそこを走った。彼が襲来して来る。

「ナ・オ・ミィィィィィィィィ!」

油っこい。まだツッコんでもらうつもりだ。彼女は衝撃波を繰り出した。

「おこめぇぇぇぇぇぇぇ?!」

彼はきりもみして飛んでいった。

 




彼女がきびすを返すと、目の前に彼が立っていた。今飛んでいったと思ったのに。

「待ってくれてもよいではないか」

「笑わないよ」

「そうではなくて、これ、落とし物じゃ」




彼は懐に手を入れて、片方のグーをさし出した。彼女はおうむ返しにたずねた。

「落とし物?」

彼が手を返して開くとキラキラしたものがのっていた。

「銀の貝殻の小さなイヤリングーー落としたじゃろ?」




山の嵐がはたとやんだ。直美は言葉につまった。自分が恐れたものが恐怖でなくなり、何かを溶かしていってしまった。




目が熱くなったので、袖でゴシゴシこすって誤魔化した。幸い彼は気付いてない。彼は彼女の手にイヤリングを握らせると、再度自分の懐に手を入れた。




「余はおやつをたくさん持っておるのだ。あんパンとジャムパン、どっちがいい?」

「あんパン」

山は大小の花をぽこぽこつけ始め、短時間で奇跡のような衣装を広げた。竜のように渦巻いていた雲はきれて、目のくらむ高さの蒼天が広がった。

 



直美は花畑に彼と並んで腰かけ、おやつを食べた。耳に下げ直したイヤリングが風に踊っている。彼は嬉しそうに言った。

「おいしそうに食べるのう。余は笑顔よりそっちの方が好きじゃ。チューしてよいか?」

「ダメ」

一年後、彼女は彼と結婚していた。

(終わり)

後書き

暁光が最初に異能を使った所が起承転結の「転」であり、前半の重量は軽いつもりです。


 


王様キャラがあの台詞で飛んできたら面白かろうと思いましたが、大筋はみんなの知ってるあれです。書いたらお金取られるんですか?


 


醍醐直美先生は恩師ですが、私と年齢が近いです。学校の先生ではなく、15年近く前に会ったカウンセラーです。私と接触した直後、連絡が取れなくなりました。


 


彼女はネット上で不用意な発言をしたわけではないし、炎上の痕跡も無いのに突如としてネット界から消されました。先生が社会的に抹殺されたのだったら、私がこの手で生き返らせます。


 


失礼いたします。ご覧くださった方に感謝。