おつうは正体を見られて一度山に帰った。
でも戻ってきてくれた。
戻らなかったのは僕で、金に頼った生活から抜け出すことができなかった。
僕は最後に身を持ち崩した。
彼女に合わせる顔もなく、とうとうホームレスになった。
十年後。
家に帰るとおつうは美しいまま庭で羽織を干していた。
彼女は僕を見ると嬉しそうに笑った。
僕は尋ねた。
「どうして待ってたの」
「好きだから」
「どうしてそんなに前時代的なの」
「前時代ってなあに」
僕は気が付いた。
彼女は鶴だ。
単純にできてる。
夫に尽くすとかそういうんんじゃなくて、好きだから待ってただけなんだ。
僕はホームレスをやめて彼女のために社会復帰した。
ある冬、彼女は風邪をこじらせた。
僕は看病しながら深夜、彼女に玉子酒を与えた。
彼女は酔っ払って泣きだした
「与ひょう、私の事好き?」
「好きだよ」
「私の事好き?」
「好きだよ」
「何でいなくなったの」
僕は答えられなかった。
彼女は僕が目を離したすきに、フラフラの足で風呂に入ろうとして、脱ぐ前にひっくり返っていた。
これは大変。僕が布団をかけて介抱すると、彼女何度も聞くんだ。
「私の事好き?」
「ごめんね、好きだよ」
彼女は笑った。
「うふふ、私も好き」
言ってからしくしく泣きだした。
「でも嫌い。何でだろう」
「それはね、怒りって言うんだ」
「怒り?怒りってなあに」
「僕は君を置いて遊びに行った。君は理不尽を感じて傷ついた。それが怒りに変わった」
「いいえ、あなたが好き」
「うん、でも怒ったんだ。ごめんね」
「与ひょう、大好き」
その時だった。
寒さをしのぐ鎧戸と障子がひとりでに開いて、吹雪と寒気が部屋に流れ込んできた。
同時に大きな汽笛と一緒に、庭に雪をかぶった蒸気機関車が乗り入れてきた。
機関車から白いマント姿の美しい男が降りてくる。
「私は山の神、天山だ。おつうよ、苦労をかけたね。山へ帰ろう」
おつうは答えた。
「嫌です。与ひょうといます」
「彼は君を裏切ったよ」
天山がぱちんと指を鳴らした。するとおつうは布団にくるまれたまま、夜空を宙替えって列車に吸い込まれた。
僕は慌てて追いかけるが、列車が走り出す。
おつうは窓から顔を出し、長い髪をたなびかせて叫んだ
「与ひょう」
「おつう」
次の瞬間、列車は宙に浮いた。
それは雪山まで一直線の銀河列車。
僕の手にはもう届かない。
「おつう、待って」
列車の中で天山がおつうを抱き寄せるのが見えた。
銀河列車、僕の幸せをさらっていってしまった。
銀河列車、僕は放浪の旅に出て、乗車券を手に入れる。
銀河列車、山の向こうにおつうがいる。
銀が列車、彼女の怒りは癒えたかな
銀河列車、僕を連れて行っておくれ
銀河列車、おつう、ごめんね。もう一度逢いたい。
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